元バレーボール女子日本代表の木村沙織さんが、夫の日高裕次郎さんと大阪で経営していたカフェ「SUNNY Thirty Two Club(サニーサーティーツークラブ)」。現役引退後に実現した念願のカフェ経営は、多くのバレーボールファンや地元客から注目を集めました。しかし、約4年間の営業を経て、2023年12月に閉店しています。
2026年11月現在、同店は営業しているのでしょうか。また、閉店の本当の理由は経営不振だったのか、それとも家族の生活環境の変化だったのでしょうか。本人のインタビュー、当時の公式発表、報道された最終営業日の様子をたどり、木村沙織さんのカフェの歴史と現在を整理します。
【2026年最新】木村沙織のカフェは現在も営業している?閉店後の状況

最初に結論を明らかにすると、木村沙織さんと日高裕次郎さんが夫婦で経営していた「SUNNY Thirty Two Club」は、すでに営業を終了しています。
閉店日は2023年12月17日。大阪市西区北堀江にあった店舗は約4年間の営業に幕を下ろしました。
2026年11月現在、同店の営業再開や、同じ夫婦による新店舗の正式オープンを伝える確かな発表は確認されていません。
食べログでも閉店店舗として掲載飲食店情報サイトの食べログでも、Sunny Thirty Two Clubは閉店店舗として表示されています。掲載住所は大阪府大阪市西区北堀江2-4-20。最寄り駅は大阪メトロ長堀鶴見緑地線の西大橋駅です。
かつて木村さんに会えるカフェとして注目された場所ですが、現在は当時と同じ営業形態で利用できる店舗ではありません。過去の営業時間やメニューを掲載したブログ、SNS投稿を見て訪問しても、営業しているとは限らないため注意が必要です。
なお、2026年8月の週刊女性PRIMEの記事でも、木村さんが2019年にオープンしたカフェは2023年末に閉店したと紹介されています。閉店の事実は、過去のニュースだけでなく、その後の人物紹介記事でも確認できます。
【店舗の全貌】SUNNY Thirty Two Clubはどんなカフェだった?
木村沙織さんのカフェは、単に有名アスリートの名前を冠した飲食店ではありませんでした。夫婦が役割を分担し、料理や焼き菓子、オリジナルグッズまで手掛けるカフェ・バーとして運営されていました。
大阪市西区北堀江にあったカフェ&バー店舗の所在地は、大阪市西区北堀江2丁目。おしゃれなショップや飲食店が集まるエリアです。
店名は「Sunny Thirty Two Club」。SNSなどでは「32(サニー)」という呼び方でも知られていました。
カフェとしての営業だけでなく、夜にはバーとしても利用できるスタイルが特徴でした。飲食を楽しみながら人が集まり、会話を楽しめる場所を目指していたことが、当時のインタビューからもうかがえます。
木村沙織さんと日高裕次郎さんの役割分担夫婦経営の大きな特徴は、それぞれの得意分野を生かした運営でした。
2022年7月の集英社オンラインのインタビューで、木村さんは自身が焼き菓子を担当していると説明しています。一方、夫の日高さんは店舗運営や調理を担当していました。
日高さんには、ビーチバレー選手時代に焼肉店の厨房で働いた経験もありました。その経験を飲食店経営に生かし、夫婦で一つの店を作り上げていたのです。
木村さんが手掛けた焼き菓子や、日高さんが調理する料理は、店舗の個性を形作る要素でした。
提供されていたメニューと店の魅力当時の店舗では、コーヒーなどのドリンクに加え、焼き菓子や食事メニューが提供されていました。
- 木村沙織さんが担当したクッキーやスコーンなどの焼き菓子
- カフェラテなどのドリンク
- 日高裕次郎さんが担当した食事メニュー
- スープカレーやハンバーガーなどのメニュー
- 店舗オリジナルのアパレル・グッズ
2023年12月17日の最終営業日には、焼き菓子だけでなくスープカレーやハンバーガーなども提供されました。店舗側の発信によれば、来店客が非常に多く、すべての人に商品を提供できなかったほどだったといいます。
このことからも、店の魅力は料理だけでなく、木村さん夫妻の人柄や、ファン同士が交流できる空間にもあったことが分かります。
【時系列で検証】2019年の開店から2023年の閉店まで
木村沙織さんのカフェがどのように誕生し、どんな経緯で閉店したのか。重要な出来事を時系列で整理します。
| 時期 | 出来事 | 詳細・背景 |
|---|---|---|
| 2016年12月31日 | 木村沙織さんが結婚 | 元バレーボール選手の日高裕次郎さんとの結婚を発表。 |
| 2017年3月 | 現役引退 | 日本代表として活躍した競技生活に一区切りをつける。 |
| 2019年9月 | カフェのプレオープン | 大阪で念願の店舗をスタート。 |
| 2019年10月1日 | 正式オープン | 大阪市西区北堀江で「32」の営業を開始。 |
| 2022年7月 | 夫婦経営のインタビュー | 集英社オンラインで店舗運営や焼き菓子作りについて紹介。 |
| 2023年1月6日 | 年内閉店を告知 | 木村さんがSNSで大阪を離れるためと説明。 |
| 2023年2月 | 第一子が誕生 | 木村さんが母親となり、家族の生活に変化が生まれる。 |
| 2023年12月17日 | 最終営業日 | 1000人を超える来店客が訪れ、約4年間の営業を終了。 |
| 2024年 | 関東へ生活拠点を移す | 子育てを中心とした生活へ移行。 |
| 2026年11月 | 現在 | 旧店舗の営業再開は確認されていない。 |
特に注目したいのは、閉店の発表が最終営業日の直前ではなかった点です。
木村さんは2023年1月6日のInstagram投稿で、2019年から続けてきたSUNNYを同年いっぱいで終了すると報告しました。つまり、閉店は突然決まったものではなく、約1年をかけて営業の終わりに向けた準備が進められていたのです。
また、日刊スポーツの2023年12月21日の報道では、最終営業日の様子や店舗の閉店報告が詳しく紹介されています。最後まで多くの人に支えられた店だったことが伝わります。
【閉店理由の真相】木村沙織がカフェを閉めたのは経営不振だった?
木村沙織さんのカフェについて検索すると、「なぜ閉店したのか」「経営がうまくいかなかったのではないか」といった疑問が見つかります。
しかし、本人が語った理由は明確です。第一子の誕生を機に、子育てを優先するため関東へ生活拠点を移すことにしたというものです。
2023年1月、本人が「大阪を離れるため」と発表2023年1月6日、木村さんは自身のInstagramでカフェの年内終了を告知しました。
「2019年から始まったsunnyは今年いっぱいで終了します」
「大阪を離れるため」
この投稿では、閉店までの残り期間もカフェやアパレルなどの企画を予定していると伝えていました。
閉店の発表があった時期は、木村さんが第一子の妊娠を公表した直後でもありました。2023年1月4日に妊娠を公表し、同年2月に第一子となる男児を出産しています。
そのため、店舗経営の問題というより、家族の生活環境を変える必要が生じたことが大きな転機になったと考えられます。
本人がインタビューで明かした関東転居の背景2024年2月14日公開の集英社オンラインのインタビューでは、木村さん自身が閉店と引っ越しについて詳しく説明しています。
もともと夫婦の間では、子どもが生まれたら夫婦どちらかの故郷で育てようという話があったそうです。日高さんは鹿児島県出身、木村さんは東京都出身。話し合いの結果、関東圏へ移り住むことを決めました。
木村さんは、バレーボール選手時代から長く関西で生活していました。高校卒業後は滋賀県に10年以上住み、その後も奈良や京都などに生活の拠点を置いていたと振り返っています。
大阪でカフェを開いたことは、引退後の新しい人生を象徴する挑戦でした。しかし、子どもが生まれたことで生活の優先順位が変わり、店舗を閉める選択に至ったのです。
カフェを続けたかったという本人の本音2024年12月26日公開のSTORYのインタビューでは、木村さんはカフェを続けたかったという思いも明かしています。
子どもが生まれたら子育てのために関東へ戻りたいと考えていたため、2023年12月に店を閉め、2024年に関東へ引っ越したと説明しています。
ここで重要なのは、本人がカフェ経営そのものを否定していたわけではないという点です。むしろ、念願だった店を持てたことや、自分でスイーツを作ったこと、オリジナルグッズを販売したことなど、多くの経験を得られたと振り返っています。
口コミの悪評が閉店の原因だったという説は本当?閉店をめぐっては、インターネット上の口コミ評価や接客に関する意見が話題になったこともあります。
2023年にはNEWSポストセブンが店舗を取材し、日高さんに閉店理由を尋ねたと報じられました。その際、日高さんは子育てに伴う引っ越しと大阪を離れることを理由に挙げ、店自体は続けようと思えば続けられるという趣旨の説明をしています。
したがって、口コミの評価が閉店の決定的な原因だったと断定する根拠はありません。本人の説明と夫の取材対応を合わせて見ると、家族の生活拠点を移すことが閉店の中心的な理由だったと理解するのが自然です。
【口コミ・評判を検証】SUNNY Thirty Two Clubはどんな評価だった?
木村沙織さんのカフェは、本人に会える場所として注目された一方、一般的な飲食店としての評価もさまざまでした。
口コミを読み解く際には、木村さんの知名度に対する評価と、実際に飲食店を利用した際の料理・サービスに対する評価を分けて考える必要があります。
好意的な口コミで目立った焼き菓子とコーヒー食べログに掲載された過去の口コミには、木村さんが作るクッキーやスコーンを評価する投稿があります。
また、カフェラテやコーヒーを楽しんだという利用者の感想も見られます。店内の雰囲気について、落ち着いて過ごせたと評価する声もありました。
集英社オンラインの2022年のインタビューでも、木村さんはバレーボール仲間や大阪に住む友人、出張で大阪を訪れた知人が店に来てくれたことを喜んでいました。
競技時代の仲間やファンが自然に集まる場所として、店が機能していたことが分かります。
接客や店内の雰囲気には異なる意見も一方、口コミには接客や店内の居心地について厳しい意見もありました。常連客同士の距離感や、店員の対応について評価が分かれたことが報道されています。
ただし、利用者の感じ方はそれぞれ異なります。実際、接客に問題を感じなかったという投稿もあり、すべての利用客が同じ印象を持っていたわけではありません。
食べログの掲載ページでは、閉店表示とともに口コミ8件、評価3.00が確認できます。口コミ数は限られており、この数字だけで当時の店舗全体のサービス品質を判断することはできません。
口コミを読む際に押さえておきたい3つのポイント- 投稿時期:開店直後と閉店直前では、店舗の営業状況やサービスが異なる可能性がある。
- 評価対象:料理の味、接客、店内の雰囲気、木村さんに会えたかどうかは別々の評価軸である。
- 投稿者の主観:個人の感想は貴重だが、少数の投稿を店舗全体の評価に置き換えることはできない。
最終営業日に1000人を超える来店客が集まったことも、店舗の支持を示す一つの出来事です。ただし、最終日の来店者数と日常営業の満足度は別の指標です。両方を踏まえて評価することが大切です。
【2026年現在】木村沙織と日高裕次郎の生活・仕事はどう変わった?
カフェを閉店した後、木村沙織さんは家族との時間を大切にする生活へと移行しました。
現役時代は日本代表の中心選手として国内外を転戦し、引退後は飲食店経営という新しい挑戦を経験。そして現在は、子育てと自身の仕事を両立する生活を送っています。
関東へ引っ越し、子育てを中心とした生活へ木村さんは2023年2月に第一子となる男児を出産しました。
2024年1月のCHANTO WEBのインタビューでは、大阪での生活や子育てについて語っています。大阪を選んだのは、当時奈良で働いていた夫と、東京へ仕事に出ることが多かった木村さんの双方にとって便利だったからです。
子どもが生まれたら東京か鹿児島のどちらかに住もうという話を夫婦でしていたことも明かしています。
関東へ移った後も、子育てを優先しながら新しい生活の形を模索してきました。
2026年もバレーボール関連の活動を継続2026年8月29日付の週刊女性PRIMEの記事では、木村さんが中国・天津で開催された女子アジア選手権で現地スペシャルキャスターを務めたことが紹介されています。
日本代表として4大会連続でオリンピックに出場し、2012年ロンドン五輪では銅メダル獲得に貢献した木村さん。現役引退後も、バレーボールとのつながりを保ちながら競技の魅力を伝える立場で活動しています。
2026年は40歳を迎えた年でもあり、選手としてのキャリアを終えた後の新しい活動が続いています。
夫婦で再びカフェを開く可能性はある?ファンとして気になるのは、いつか木村さんが再びカフェを開くのかという点でしょう。
2023年の閉店時には、日高さんが取材に対して、将来的にまた飲食店をやりたいという趣旨の話をしていたと報じられています。一方で、まずは子育てを優先する考えも示されていました。
ただし、2026年11月現在、夫婦による新しいカフェの開業日や店舗所在地など、具体的な計画は公表されていません。
木村さん自身も過去のインタビューで、カフェ経営を続けたかったという気持ちを語っています。再び飲食業に挑戦する可能性を完全に否定する必要はありませんが、現段階では将来の希望と実際の開業計画を混同しないことが大切です。
【プロの結論】木村沙織のカフェ閉店から読み取れる本当の転機
木村沙織さんのカフェ経営を振り返ると、注目すべきなのは、アスリートとしての知名度を生かした事業展開だけではありません。
現役時代から持っていた夢を実際に形にし、夫婦で役割を分担しながら約4年間店舗を運営したことに大きな意味があります。
カフェを開くまでには、イベントで飲み物を販売するなど、実際の経験を積んでいました。引退後に突然飲食店を始めたのではなく、少しずつ準備を進めて夢を実現させたのです。
閉店は失敗ではなく、人生の優先順位を変える選択飲食店の閉店という言葉だけを見ると、経営不振や事業の失敗を連想する人もいる可能性があります。
しかし、今回のケースでは、本人が子育てや関東への転居を理由として説明しています。加えて、カフェを続けたかったという思いも明かしています。
この点から考えると、SUNNY Thirty Two Clubの閉店は、夢を諦めた出来事というより、家族のライフステージに合わせて生活を再設計した出来事として捉えるのが適切です。
今後の動向を判断するための基準今後、木村沙織さんの新しい飲食店やカフェについて情報が出てきた場合、次の点を確認すると正確に状況を把握できます。
- 本人の公式発信:Instagramなどで本人が新店舗の開業を告知しているか。
- 店舗の正式情報:住所、店名、営業開始日が明らかになっているか。
- 信頼できる報道:本人へのインタビューや主要メディアによる取材で裏付けられているか。
過去の店舗写真や閉店前の営業時間が検索結果に残っているだけでは、新店舗が営業している証拠にはなりません。特に「木村沙織カフェ現在」という検索では、2019年から2023年までの情報と、その後の活動を分けて確認が必要です。
木村沙織のカフェに関するよくある質問(FAQ)
Q1:木村沙織さんのカフェは2026年現在も営業していますか?
A1:営業していません。夫の日高裕次郎さんと運営していた「SUNNY Thirty Two Club」は、2023年12月17日に最終営業を終えました。2026年11月現在、同店の営業再開は確認されていません。
Q2:木村沙織さんのカフェはいつオープンしましたか?
A2:2019年9月にプレオープンし、同年10月1日に正式オープンしました。大阪市西区北堀江にあり、約4年間営業していました。
Q3:カフェの閉店理由は経営不振だったのでしょうか?
A3:本人が説明した主な理由は、子育てを優先するため大阪を離れ、関東へ引っ越すことでした。口コミへの批判が閉店の直接的な原因だったと確認できる根拠はありません。
Q4:木村沙織さんの夫は誰ですか?
A4:夫は元バレーボール選手の日高裕次郎さんです。2016年12月31日に結婚を発表し、カフェでは日高さんが主に調理や店舗運営を担当し、木村さんは焼き菓子作りなどを担当していました。
Q5:木村沙織さんは現在、どこに住んでいますか?
A5:本人のインタビューでは、子育てを考えて大阪から関東圏へ生活拠点を移したと説明しています。具体的な現住所や自宅の詳細は公表されていません。
Q6:木村沙織さんは再びカフェを開業する予定がありますか?
A6:2026年11月現在、具体的な新店舗の開業予定は公表されていません。過去にはカフェ経営を続けたかったという思いを語っていますが、再開業が決定したという情報はありません。
Q7:SUNNY Thirty Two Clubの最終営業日はどうなりましたか?
A7:2023年12月17日です。店舗の公式SNSによると、当日は朝8時から行列ができ、1000人を超える来店客が訪れました。約4年間の営業を締めくくる最終日となりました。
木村沙織さんと日高裕次郎さんが大阪で経営していた「SUNNY Thirty Two Club」は、2019年10月に正式オープンし、2023年12月17日に閉店しました。
閉店の背景にあったのは、第一子の誕生と子育てを中心とした生活への転換です。夫婦で話し合い、関東へ生活拠点を移すことを決めた結果、念願だった大阪のカフェに一区切りをつけました。
木村さんにとって、このカフェは現役引退後に実現した大切な夢でした。自分で焼き菓子を作り、夫と一緒に店舗を運営し、ファンや仲間が集まる場所を作った経験は、約4年間という営業期間以上の意味を持っていたはずです。
2026年現在は、子育てとバレーボール関連の仕事を両立する新しい生活を送っています。再びカフェを開くかどうかは分かりませんが、大阪での挑戦が木村さんの人生にとって大切な一章だったことは、本人のインタビューからも伝わってきます。
「木村沙織カフェは現在も営業しているのか」という疑問への答えは、現在は閉店済み。ただし、その閉店は夢の終わりではなく、家族とともに次の人生へ進むための選択だったのです。