2026年1月22日、将棋界のレジェンドで「ひふみん」の愛称で親しまれた加藤一二三さんが、86歳で亡くなりました。数々の将棋の記録を打ち立て、テレビでも幅広い世代から愛された加藤さん。その人生を振り返ると、長年にわたって支え続けた妻・紀代さんの存在がありました。
2人の出会いは学生時代。対局や研究で学校を休みがちだった加藤さんに、紀代さんが授業のノートを貸したことが交際のきっかけになったと伝えられています。1960年、20歳で結婚した2人には4人の子どもが誕生。さらに夫婦で約300組のカップルを支える結婚講座にも携わりました。引退会見で妻への深い感謝を語った加藤さんの言葉と、2026年の追悼報道から、その夫婦の歩みを振り返ります。
【妻はどんな人?】加藤一二三さんの妻・紀代さんのプロフィール

加藤一二三さんの妻は、紀代さんです。
紀代さんは芸能人や著名人として活動していた人物ではなく、一般に広くプロフィールを公開してきた人でもありません。そのため、生年月日や職業、個人的な経歴などの詳細は広く公表されていません。
一方、加藤さんのインタビューや2026年の追悼報道では、学生時代からの付き合い、結婚生活、子育て、夫婦で続けてきた教会活動などが紹介されています。
特に注目したいのは、紀代さんが単に有名棋士の妻だったというだけではないことです。
加藤さんが棋士として苦しい時期を迎えた際にも励まし、勝負の世界で長く戦い続けるための精神的な支えになっていました。
妻・紀代さんについて分かっていること| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 紀代さん |
| 加藤さんとの関係 | 妻 |
| 出会い | 学生時代の同級生 |
| 結婚 | 1960年 |
| 結婚当時の年齢 | 2人とも20歳 |
| 子ども | 4人(1男3女) |
| 夫婦での活動 | 結婚講座の講師 |
| 主な活動場所 | カトリック麹町聖イグナチオ教会 |
| 公的な近況 | 詳細なプロフィールや私生活は公表されていない |
2023年11月には、加藤さんと紀代さんがそろって秋の園遊会に出席したことも報じられています。
天皇皇后両陛下と会話を交わす夫妻の姿が紹介され、長年連れ添ってきた夫婦の様子が改めて注目されました。
2026年1月の訃報後も、紀代さんの詳しい生活状況や公的な活動については大きく報じられていません。
【馴れ初め】授業ノートがきっかけ!学生時代に始まった2人の縁
加藤一二三さんと紀代さんの関係を語るうえで欠かせないのが、授業ノートのエピソードです。
加藤さんは14歳7カ月でプロ棋士になった人物です。1954年に史上初の中学生棋士としてデビューし、若くして将棋界の第一線で活躍するようになりました。
しかし、プロ棋士としての活動が忙しくなるにつれて、学校の授業に出席できない日も増えていきました。
そんな加藤さんを助けていたのが、同級生だった紀代さんです。
ノートを貸してくれた紀代さん対局や研究のため学校を休みがちだった加藤さんに、紀代さんは授業のノートを貸していました。
勉強を続けるうえで、授業内容を把握できることは大きな助けになります。
将棋の才能を伸ばすために忙しい毎日を送っていた加藤さんにとって、紀代さんの気遣いは学業面だけでなく、精神面でも心強いものだったと考えられます。
加藤さん自身も、過去のインタビューで学生時代に妻からノートを借りていたことを振り返っています。
なお、出会いの時期については報道によって「中学校の同級生」と「高校の同級生」という表記の違いがあります。
2026年1月の女性自身やスポニチの追悼記事では中学時代の同級生と紹介される一方、将棋専門誌などで知られる田丸昇九段が執筆したNumber Webの記事では、京都府立木津高校の同級生と記されています。
加藤さん本人の過去のインタビューを掲載した将棋関係の資料でも、高校の同級生だったと説明されています。
共通しているのは、学校生活の中で紀代さんがノートを貸していたことが、2人の親しい交流につながったという点です。
交際期間を経て結婚を決意学生時代に友情を深めた2人は、やがて結婚を意識する関係になりました。
加藤さんは過去のインタビューで、妻との交際期間についておよそ2年だったと語っています。
将棋に打ち込む日々の中で、紀代さんとの交流は加藤さんにとって大きな励みになっていたようです。
若くしてプロ棋士となり、同世代とは異なる生活を送っていた加藤さんにとって、学生時代から自分を理解してくれる存在は特別だったのでしょう。
【結婚は1960年】20歳で結ばれた2人と夫婦の歩み
加藤一二三さんと紀代さんが結婚したのは、1960年1月です。
当時、加藤さんは20歳。紀代さんも同い年でした。
将棋界で早くから頭角を現していた加藤さんは、若くして家庭を築く道を選びました。
Number Webの田丸昇九段による記事では、結婚式の仲人を升田幸三九段夫妻が務めたことも紹介されています。
結婚した年は人生の大きな転換点1960年は、加藤さんにとって将棋人生でも重要な時期でした。
同年には初めて名人戦に挑戦しています。
20歳で結婚し、家庭を築く一方で、将棋界では最高峰のタイトルを目指す戦いが始まっていました。
ただし、名人位を獲得するまでには長い時間が必要でした。
1982年、42歳のときに3度目の挑戦で念願の名人位を獲得しています。
その長い道のりを、紀代さんは家庭から支え続けました。
加藤一二三さんと紀代さんの夫婦年表2人の歩みを時系列で整理すると、次のようになります。
この年表からも分かるように、2人の関係は結婚して終わるものではありませんでした。
子育て、棋士としての活動、信仰、教会での社会活動と、人生のさまざまな場面を一緒に歩んできた夫婦でした。
【子どもは4人】1男3女の父として見せた家庭での顔
加藤一二三さんと紀代さんの間には、4人の子ども(1男3女)がいます。
将棋界では数々の記録を持つ加藤さんですが、家庭では子どもたちを大切にする父親として知られていました。
2019年の東京新聞のインタビューでは、本人が4人の子どもを育てた経験について語っています。
自由業の棋士として4人を育てた棋士は会社員とは異なり、仕事の量や収入が一定ではない職業です。
対局が多い時期もあれば、仕事が少ない時期もあります。
加藤さんは当時のインタビューで、子どもが増えたら、その分仕事をすればよいという前向きな考え方を語っていました。
特に印象的なのが、三女が生まれる際のエピソードです。
加藤さんは『逆転の将棋』という本を出版し、その本がよく売れたことで出産費用を得られたと振り返っています。
棋士としての仕事と家庭生活が密接につながっていたことが分かるエピソードです。
妻の手料理と日々の支え加藤さんの家庭生活を紹介した2026年の女性セブンプラスの記事では、紀代さんの手料理についても触れられています。
対局前には、紀代さんが牛肉のステーキに野菜を添えた料理を用意していたといいます。
勝負に向かう夫を食事で支える姿は、将棋の世界で長年戦い続けた加藤さんの生活を考えるうえで興味深いものです。
また、加藤さんは2018年3月の朝日新聞のインタビューで、家事についても語っています。
自分は料理ができないものの、買い物など自分にできることは極力やってきたという趣旨の発言をしています。
夫婦の役割を一方に押しつけるのではなく、それぞれができることを担うという考え方がうかがえます。
妻への感謝を言葉にすることを大切にした加藤さんが夫婦生活について繰り返し語っていたのが、感謝と褒め言葉の大切さです。
長年連れ添った夫婦であっても、相手への感謝を言葉にすることを忘れてはいけないという考え方でした。
女性自身が2026年の追悼記事で紹介した著書『幸福の一手』にも、妻から横顔を褒められた思い出や、夫婦間で礼節と気遣いを大切にする考え方が記されています。
将棋では一手一手を慎重に考え抜いた加藤さんですが、家庭においても相手への小さな気遣いを大切にしていたことが伝わってきます。
【夫婦で約300組を支援】聖イグナチオ教会の結婚講座とは?
加藤一二三さんと紀代さんの夫婦関係を語るうえで、もう一つ欠かせない活動があります。
それが、教会で長年続けてきた結婚講座です。
2人は、結婚式を控えたカップルを対象に、夫婦生活や結婚について話す講師を務めていました。
43歳から始めた結婚講座2019年に掲載された東京新聞のインタビューで、加藤さんは43歳から東京の教会で妻と結婚講座を担当してきたと説明しています。
講座の内容は、キリスト教の教えだけではありませんでした。
実際の結婚生活で起こる問題や、夫婦が互いに理解し合うための考え方など、日常に役立つテーマも扱っていました。
加藤さんが紹介した具体的な助言の一つが、夫婦げんかをしたときには、なるべくその日のうちに仲直りするよう心がけることです。
これまでに担当したカップルは、約300組に上ります。
加えて、講座を受けた人たちの同窓会もあり、結婚後に子どもが生まれて再び顔を見せる夫婦もいたそうです。
加藤さんは、そうした家族の成長を見ることを喜びとして語っていました。
授業ではなく、夫婦で考える参加型の講座2026年1月の女性自身の追悼記事では、実際に1989年に講座を受けた女性の証言も紹介されています。
その証言によると、講座では毎回テーマが設けられ、参加者がパートナーと一緒に考えた後、ほかのカップルとも話し合う形式だったといいます。
例えば、夫婦げんかをしたときにどう仲直りするかというテーマでは、それぞれが自分たちの考えを出し合いました。
講師が一方的に答えを教えるのではなく、参加者自身が夫婦関係について考える場だったのです。
受講者は、加藤さん夫妻についても、明るく仲むつまじい印象だったと振り返っています。
聖イグナチオ教会との関係この活動の舞台として報じられているのが、東京・千代田区のカトリック麹町聖イグナチオ教会です。
加藤さんは1970年にカトリックの洗礼を受け、その後、教会活動にも積極的に携わりました。
カトリックジャパンニュースによると、加藤さんは1970年に東京の下井草教会で受洗しています。
1986年には、教会への貢献が認められ、当時の教皇ヨハネ・パウロ2世から聖シルベストロ教皇騎士団勲章を授与されました。
将棋だけでなく、信仰を通じた活動にも長年取り組んできた人物だったのです。
なお、聖イグナチオ教会は、2026年1月の加藤さんの葬儀が執り行われた場所でもあります。
夫婦で結婚を控えた人々を支えてきた教会が、人生最後の別れの場にもなりました。
【2017年の引退会見】妻への感謝を語った加藤一二三さん
加藤一二三さんの夫婦愛を象徴する出来事として、2017年6月の現役引退があります。
加藤さんは1954年にプロ入りし、約63年間にわたって棋士として活動してきました。
2017年6月20日、現役引退がかかった対局で敗れ、長い棋士人生に区切りをつけることになりました。
最後の対局後、真っ先に妻のもとへ加藤さんは最後の対局後、将棋会館で記者会見や感想戦を行わず、すぐに帰宅しました。
その理由は、引退が決まったことを、まず紀代さんに伝えたかったからです。
2019年の東京新聞のインタビューでは、帰宅して妻に「負けました」と伝えた際、紀代さんが「お疲れさま」と言って、用意していたネクタイをプレゼントしてくれたと振り返っています。
このエピソードには、長年にわたって夫の勝負人生を見守ってきた妻の思いが表れています。
加藤さんは、妻には負けたことを顔を見れば分かるため、普段はほとんど報告していなかったとも語っています。
しかし、最後の対局だけは、引退という大きな節目を自分の言葉で伝えたかったのでしょう。
引退会見で語った妻への言葉2017年6月30日、加藤さんは引退会見を開きました。
その場で妻について語った言葉が、現在も夫婦の歩みを象徴する発言として紹介されています。
長年にわたって私とともに魂を燃やし、ともに歩んできた妻に対し、深い感謝の気持ちを改めて表明する次第です。
この言葉は、テレビ朝日の引退会見報道でも伝えられました。
加藤さんにとって紀代さんは、単に家庭を守る存在ではありませんでした。
勝負に挑み続ける人生をともに歩み、苦しい時期にも支えてくれた大切なパートナーだったのです。
妻の励ましが名人への挑戦を支えた東京新聞のインタビューでは、加藤さんが30歳になる前に棋士として行き詰まりを感じていた時期の話も紹介されています。
その際、紀代さんは加藤さんに、棋士なのだからどんなときも良い将棋を指さなければならないという趣旨の言葉をかけていたそうです。
加藤さんはその励ましを受け、名人になることを目標に戦い続ける決意を固めました。
実際に名人位を獲得したのは1982年。最初の挑戦から22年後のことでした。
その間、紀代さんは夫の勝利を喜び、敗戦の際には追い詰めないよう気遣っていたと加藤さんは振り返っています。
長い勝負人生を支えたのは、将棋の技術だけではなく、家庭に帰れば自分を理解してくれる人がいるという安心感だったの可能性があります。
【2026年1月22日に死去】妻・紀代さんの現在と家族のその後
2026年1月22日午前3時15分、加藤一二三さんは肺炎のため、東京都内の病院で亡くなりました。
享年86歳でした。
所属事務所が同日に訃報を発表し、日本将棋連盟も逝去を伝えています。
1954年に14歳7カ月でプロ棋士となり、2017年に現役を引退するまで、長きにわたって将棋界を支えてきた人物でした。
告別式は聖イグナチオ教会で執り行われた通夜は2026年1月27日、告別式は翌28日に、カトリック麹町聖イグナチオ教会で執り行われました。
喪主を務めたのは長男の順一さんです。
告別式には谷川浩司17世名人、佐藤康光九段、渡辺明九段ら、多くの将棋関係者が参列しました。
将棋界を代表する人物の訃報に、多くの棋士や関係者が哀悼の意を示しました。
また、この教会は加藤さんが紀代さんとともに結婚講座を続けてきた場所でもあります。
長年、若いカップルに夫婦のあり方を伝えてきた場所で、最後のお別れが行われたことは、加藤さんの人生を振り返るうえでも印象深い出来事です。
妻・紀代さんは現在どうしている?「加藤一二三 妻 現在」と検索する人が気になるのは、紀代さんが今どのように暮らしているのかという点でしょう。
2026年1月の追悼報道では、妻として紀代さんの名前が紹介されています。
また、2023年11月の秋の園遊会では、加藤さんと一緒に出席した姿が報じられていました。
ただし、2026年11月現在、紀代さんの生活状況や仕事、今後の活動について、詳しい公的な発表や本人のインタビューは広く確認されていません。
夫を長年支えてきた紀代さん自身も、一般の人としてプライベートを大切にしてきた人物です。
そのため、現在の住まいや日常生活などを推測で語ることはできません。
確かなのは、学生時代から加藤さんを支え、結婚後も4人の子どもを育て、夫婦で約300組のカップルに結婚の大切さを伝えてきたという歩みです。
【よくある質問】加藤一二三さんの妻に関するFAQ
Q1:加藤一二三さんの妻の名前は何ですか?
A1:妻の名前は紀代さんです。学生時代の同級生で、授業ノートを貸していたことが2人の交流のきっかけになったと報じられています。
Q2:加藤一二三さんと紀代さんはいつ結婚しましたか?
A2:1960年1月です。2人とも20歳のときに結婚しました。
Q3:加藤一二三さんと妻の間に子どもは何人いますか?
A3:4人です。1男3女に恵まれました。
Q4:妻との馴れ初めは何ですか?
A4:学生時代、対局で学校を休みがちだった加藤さんに、紀代さんが授業ノートを貸したことがきっかけです。学校の時期については中学・高校と報道に違いがありますが、同級生だったことは複数の資料で紹介されています。
Q5:夫婦で結婚講座を担当していたのは本当ですか?
A5:本当です。加藤さんは43歳から妻と東京の教会で結婚講座を担当し、約300組のカップルを支援したと2019年のインタビューで語っています。
Q6:加藤一二三さんはいつ亡くなりましたか?
A6:2026年1月22日午前3時15分です。肺炎のため86歳で亡くなりました。告別式は1月28日にカトリック麹町聖イグナチオ教会で行われました。
Q7:加藤一二三さんの引退会見で妻について何と語りましたか?
A7:2017年6月30日の引退会見で、長年ともに歩んできた妻への深い感謝を表明しました。最後の対局後、会見より先に帰宅して妻に引退を報告したエピソードも知られています。
加藤一二三さんと妻・紀代さんの夫婦生活は、学生時代の小さな交流から始まりました。
授業ノートを貸すという何気ない行動が、やがて結婚へとつながり、1960年に20歳で夫婦となった2人は、4人の子どもを育てながら長い人生を歩みました。
特に印象的なのは、次の3つのエピソードです。
- 学生時代のノートの貸し借り: 忙しい加藤さんを支えた紀代さんの気遣いが、2人の関係を深めた。
- 最後の対局後のネクタイ: 引退が決まった夫に「お疲れさま」と贈り物をした紀代さんの優しさ。
- 約300組の結婚講座: 自分たちの経験を、これから家庭を築く若いカップルに伝え続けた。
加藤さんが引退会見で妻への感謝を公に語ったことも、2人の関係を象徴する出来事です。
将棋の世界では、勝敗を左右する一手が注目されます。しかし、加藤さんの人生を振り返ると、家庭における何気ない言葉や気遣いも、長い人生を支える大切な一手だったことが伝わってきます。
2026年1月22日、加藤さんの人生は幕を閉じました。しかし、妻とともに約300組のカップルに伝えてきた夫婦の教えや、家族を大切にした姿勢は、今も多くの人の記憶に残っています。
加藤一二三さんと紀代さんの歩みは、夫婦とは互いを支えるだけでなく、感謝を伝え合い、ともに人生を築いていく存在であることを教えてくれます。
主な参考資料:東京新聞(2019年4月28日付インタビュー)、テレビ朝日(2017年6月30日引退会見)、女性自身(2026年1月28日追悼記事)、Number Web(2026年1月29日)、カトリックジャパンニュース(2026年1月23日)、日刊スポーツ(2026年1月22日・28日)。