山本キッドこと、総合格闘家の山本“KID”徳郁さんの死因は、胃がんです。2018年9月18日、療養先のグアムの病院で亡くなりました。享年41歳6か月でした。
山本KID徳郁さんは、亡くなる約1か月前の2018年8月26日に、自身のInstagramでがん治療中であることを公表しています。しかし、病気が見つかったのは公表直前ではありませんでした。RIZINの榊原信行実行委員長は、胃がんが発見されたのは2年以上前だったと明かしています。
加えて、日本テレビの2019年放送の特集では、2015年冬に体調の異変が起き、精密検査でがんが見つかった経緯も紹介されました。長期間にわたる闘病、グアムへの移住、姉・山本美憂さんとの関係など、訃報の背景には知られざる時間がありました。
【死因は胃がん】山本KID徳郁さんは2018年9月18日に41歳で死去

山本KID徳郁さんの死因について、最も具体的に報じたのは、2018年9月19日付の日刊スポーツです。
同紙は、山本さんが胃がんのため、療養中だったグアムの病院で亡くなったと報道しました。亡くなったのは2018年9月18日。41歳という若さでした。
一方、訃報を最初に伝えた所属ジムKRAZY BEEの公式発表では、死去した事実と享年が報告されましたが、死因の詳細までは記載されていません。
そのため、情報を整理すると、次のようになります。
- 死亡日:2018年9月18日
- 享年:41歳6か月
- 死因:胃がんと日刊スポーツが報道
- 療養場所:グアムの病院
- 死去の発表:所属ジムKRAZY BEEの公式SNS
RIZIN公式サイトも同日、山本さんの訃報を掲載しています。発表では、RIZINで活躍する山本美憂さんの弟であることにも触れられ、享年41歳6か月と伝えられました。
榊原信行RIZIN実行委員長は、山本さんの格闘技界への貢献をたたえ、ファイティングスピリットを受け継いでいくとの追悼コメントを発表しています。
【胃がんはいつ見つかった?】榊原信行氏が明かした発見時期と闘病の始まり
山本KID徳郁さんの闘病について、大きな手掛かりとなったのが、2018年9月20日付の日刊スポーツの記事です。
記事では、RIZINの榊原信行実行委員長が、山本さんの父・郁栄さんの了承を得たうえで、生前の闘病生活について語った内容が紹介されています。
榊原氏によると、最初に胃がんが見つかったのは、2018年9月の時点から2年以上前でした。
つまり、2018年8月26日に本人が病気を公表した時点で、すでに長い闘病期間を過ごしていたことになります。
日本テレビの特集では2015年冬に異変が起きたと紹介さらに詳しい経緯は、2019年1月8日に放送された日本テレビ系「ザ!世界仰天ニュース」の特集「神の子KID 最期まで闘ったファイターの真実」で紹介されました。
番組によると、山本さんの体に異変が起きたのは2015年の冬でした。
妻に促されて病院を受診し、精密検査を受けた結果、がんが見つかったとされています。
この番組の説明と、榊原氏が語った「2年以上前」という発見時期は、おおむね整合しています。
ただし、体調に異変が起きた時期、検査を受けた時期、がんが確定した時期は、それぞれ同じとは限りません。2015年冬というのは番組が紹介した体調変化の時期であり、詳細な診断日まで公表されたわけではありません。
病気を周囲に知られないよう地方で治療榊原氏は、山本さんが病気であることを周囲に知られないよう、都内ではなく地方で治療を続けていたことも明かしています。
榊原氏が公表を勧めたこともあったそうですが、山本さんは格闘家として再びリングに立つことを目指していました。
本人にとって、病気を公表することよりも、治療を続けて復帰することが大きな目標だったと考えられます。
病気を隠していたという表現だけでは、当時の本人の気持ちは十分に伝わりません。榊原氏の証言からは、格闘家としての自負と、復帰への強い意志がうかがえます。
【2018年8月26日から9月18日】がん公表から訃報までの経緯
山本KID徳郁さんががん闘病を公表したのは、亡くなる約1か月前の2018年8月26日です。
自身のInstagramを通じて、がん治療に取り組んでいることをファンに報告しました。
「私山本KID徳郁はガン治療のために頑張っています」
投稿では、元気になって戻ってきたいという思いも伝えていました。
それまで公にされていなかった病気を本人が明かしたことで、ファンや格闘技関係者の間に大きな衝撃が広がりました。
8月26日の公表から約3週間で訃報しかし、がん公表から1か月も経たない2018年9月18日、所属ジムのKRAZY BEEが山本さんの死去を発表しました。
公式発表では、享年41歳6か月と報告され、家族や友人への取材を控えるよう報道関係者やファンに配慮を求めていました。
翌19日には日刊スポーツが胃がんによる死去とグアムでの療養を報道。20日には榊原氏が闘病の長さや治療場所、病状の変化について説明しました。
公表から訃報までの短さだけを見ると、病気が急激に進行したようにも感じられます。しかし、実際には数年前から治療を続けていたことが、後の関係者の証言で明らかになっています。
【闘病の経緯】グアム療養と姉・山本美憂さんの支え
山本KID徳郁さんの最期の闘病生活を語るうえで欠かせないのが、グアムでの療養と、姉で元レスリング選手の山本美憂さんの存在です。
2018年2月ごろから病状が悪化榊原信行氏は2018年9月の取材で、山本さんの病状が同年2月ごろから悪化し、グアムの病院に移ったことを明かしました。
日刊スポーツによると、山本さんはグアムの病院に自宅から車いすで通院していたとされています。
また、榊原氏は、山本さんが最後まで周囲に弱った姿を見せず、再び格闘家としてリングに立つことを諦めていなかったと振り返っています。
姉・山本美憂さんもグアムに拠点を移して看病姉の山本美憂さんは、弟の看病のため、2018年5月から練習拠点をグアムに移していました。
日刊スポーツの2018年9月19日の記事では、美憂さんが7月のRIZINインタビューで弟について語った内容も紹介されています。
美憂さんは、弟が病気と闘いながらも、自分と一緒にRIZINのリングに立つことを目標にしていたと明かしました。
弟の病状を心配しながらも、山本さん自身は姉に試合への出場を勧めていたといいます。
山本美憂さんにとって、KIDさんは単なる弟ではなく、競技人生を支える存在でもありました。二人はともにレスリングを背景に持ち、その後、総合格闘技の世界でも活躍しました。
闘病中も若い選手の育成を考えていた日本テレビの2019年の特集では、山本さんが闘病中も若手選手のための大会「クレイジーリーグ」の実現に取り組んでいたことが紹介されています。
選手にファイトマネーを支払える大会を目指していたことも伝えられました。
病状の悪化によって本人が大会会場に行くことは難しくなりましたが、最終的には周囲の支援を受けて大会が開催され、山本さんもグアムから映像を通じて試合を見ていたとされています。
このエピソードは、山本さんが自身の復帰だけでなく、次世代の格闘家が活躍できる環境づくりにも情熱を注いでいたことを示しています。
山本KID徳郁さんの闘病・死去の時系列まとめ| 時期 | 出来事 | 報道・関係者の説明 |
|---|---|---|
| 2015年冬 | 体調に異変 | 日本テレビの特集によると、妻に促されて受診し、精密検査でがんが判明 |
| 2016年ごろまで | 闘病生活 | 榊原信行氏は、胃がんが2年以上前に見つかったと説明 |
| 2018年2月ごろ | 病状が悪化 | 榊原氏が治療環境をグアムに移した経緯を説明 |
| 2018年5月 | 姉・美憂さんがグアムへ | 看病のため練習拠点を移したと日刊スポーツが報道 |
| 2018年8月26日 | がん闘病を公表 | 本人がInstagramで治療中であることを報告 |
| 2018年9月18日 | 死去 | KRAZY BEEが公式SNSで訃報を発表。享年41歳6か月 |
| 2018年9月19日 | 死因が報道される | 日刊スポーツが胃がんのためグアムの病院で亡くなったと報道 |
| 2018年9月20日 | 榊原氏が闘病を説明 | 胃がんの発見時期や治療場所、病状の変化について証言 |
【なぜがんを公表しなかった?】山本KID徳郁さんが目指していた復帰
山本さんが長期間にわたって病気を公表しなかった背景には、格闘家としてリングに戻りたいという強い思いがありました。
榊原氏は、本人にがんの公表を勧めたことがあったと明かしています。しかし、山本さんは復帰を目指しており、病気を公にすることには消極的だったといいます。
榊原氏の説明によれば、山本さんは周囲に苦しい姿を見せず、最後まで復帰を諦めていませんでした。
また、都内ではなく地方で治療を続けていたことについても、周囲の目を避けたいという本人の考えがあったと榊原氏は振り返っています。
8月26日の公表は何を意味していたのか2018年8月26日のInstagram投稿は、本人が初めて病気になった日でも、がんが見つかった日でもありません。
すでに長期間治療を続けていた山本さんが、自身の状況をファンに伝えた日です。
日刊スポーツは、写真週刊誌に記事が掲載される可能性もあり、公表に至った経緯を榊原氏の証言として伝えています。
山本さんにとっては、病気を公表することよりも、再び格闘家として活動することが目標だったのでしょう。
そのため、8月の公表から9月の訃報までの期間だけを見て、闘病期間が短かったと理解するのは正確ではありません。
【山本KID徳郁さんの経歴】神の子と呼ばれた格闘家の功績
山本KID徳郁さんは、単に格闘技の試合で勝敗を競った選手ではありません。独創的なファイトスタイルと強烈な存在感で、日本の総合格闘技を盛り上げた代表的なファイターでした。
レスリング一家に生まれ、5歳から競技を開始1977年、神奈川県川崎市に生まれた山本さんは、レスリング一家で育ちました。
父はミュンヘン五輪レスリング日本代表の山本郁榮さん。姉は世界選手権優勝経験を持つ山本美憂さん、妹は世界選手権で複数回優勝した山本聖子さんです。
日本テレビの特集によると、山本さんがレスリングを始めたのは5歳のころでした。
総合格闘技で「神の子」と呼ばれる存在に2000年には全日本アマチュア修斗選手権のライト級で優勝。2001年3月2日にプロフェッショナル修斗でデビューしました。
その後、K-1、HERO'S、DREAMなどの舞台で活躍。2011年には世界最高峰の総合格闘技団体UFCにも参戦しています。
特に2004年大みそかの魔裟斗さんとの対戦は、格闘技ファンの記憶に残る試合の一つです。K-1ルールで体格差のある相手に挑み、ダウンを奪う場面もありました。
小柄な体格を生かしたスピードと攻撃的なスタイルで注目を集め、「神の子」というニックネームでも親しまれました。
KRAZY BEEを設立し、後進の育成にも尽力山本さんは自身の選手活動だけでなく、格闘技ジムKRAZY BEEを主宰し、後進の指導にも力を入れていました。
日本修斗協会は、山本さんの訃報に際して、2000年のアマチュア修斗優勝や2001年のプロデビューを紹介するとともに、KRAZY BEEで多くの選手を育成した功績をたたえています。
山本さんが残したものは、試合の記録だけではありません。若い選手が活躍できる環境をつくりたいという思いも、格闘技界に残した大きな財産です。
【誤解を解消】山本キッドの死因や闘病について知っておきたい事実
山本KID徳郁さんについて調べると、死因、がんの発見時期、本人の公表時期などが混同されていることがあります。特に押さえておきたいのは、次の3点です。
誤解1:2018年8月に初めてがんが見つかった?これは正確ではありません。2018年8月26日は本人が闘病を公表した日です。
榊原氏の証言では、胃がんが見つかったのは2年以上前。日本テレビの特集では2015年冬に体調の異変が起き、精密検査でがんが見つかったと紹介されています。
誤解2:KRAZY BEEの訃報発表で死因も公表された?KRAZY BEEの公式発表は、山本さんが2018年9月18日に亡くなったことと、享年41歳6か月を伝えたものです。
胃がんという具体的な死因については、翌19日の日刊スポーツが報じています。所属ジムの訃報発表と報道各社による死因報道は、分けて理解する必要があります。
誤解3:グアムに移ったのは最後の数日だけ?これも正確ではありません。榊原氏は2018年2月ごろから病状が悪化し、グアムの病院に移ったと説明しています。
また、姉の美憂さんは同年5月から看病のために練習拠点をグアムに移していました。グアムでの療養は、亡くなる直前だけの出来事ではありません。
一方で、具体的な抗がん剤治療の内容、手術の有無、病理検査の詳細などは、本人や家族から広く公表されていません。報道で伝えられた胃がんという死因と、公開されていない医療上の詳細は区別して考える必要があります。
【山本キッドの死因】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:山本KID徳郁さんの死因は何ですか?
A1:胃がんです。2018年9月19日の日刊スポーツが、胃がんのため療養中だったグアムの病院で亡くなったと報じています。
Q2:山本KID徳郁さんの胃がんはいつ見つかったのですか?
A2:榊原信行氏は、亡くなる2年以上前に胃がんが見つかったと説明しています。また、日本テレビの2019年の特集では、2015年冬に体調の異変が起き、精密検査でがんが見つかったと紹介されました。
Q3:山本KID徳郁さんはいつ亡くなりましたか?
A3:2018年9月18日です。享年41歳6か月でした。所属ジムKRAZY BEEが公式SNSで訃報を発表しています。
Q4:山本KID徳郁さんはなぜグアムで療養していたのですか?
A4:榊原信行氏によると、病状の悪化を受けてグアムの病院に移りました。周囲の目を避けられる環境で治療を続けていたことも報じられています。
Q5:山本美憂さんと山本KID徳郁さんはどのような関係ですか?
A5:山本美憂さんは山本KID徳郁さんの姉です。二人ともレスリングを背景に持ち、総合格闘技でも活躍しました。美憂さんは弟の闘病中、看病のためグアムに拠点を移していました。
山本キッドこと山本“KID”徳郁さんは、2018年9月18日、胃がんのためグアムの病院で亡くなりました。享年41歳6か月でした。
2018年8月26日のがん公表から約3週間で訃報が伝えられましたが、実際には2015年冬ごろから病気と向き合っていたことが、後の報道や関係者の証言で明らかになっています。
榊原信行氏が語った2年以上前の胃がん発見、2018年2月ごろからの病状悪化、グアムでの療養、そして姉・山本美憂さんによる看病。こうした経緯をたどると、本人が最後までリングへの復帰を目指していたことが伝わってきます。
山本さんは41歳という若さでこの世を去りましたが、K-1やHERO'S、UFCなどで見せた独創的なファイトスタイル、KRAZY BEEでの選手育成、次世代の格闘家を支えようとした活動は、今も格闘技界に残っています。
死因だけでなく、長い闘病生活と格闘技にかけた情熱を知ることが、山本KID徳郁さんというファイターの生涯を理解することにつながります。
主な根拠資料・報道
- 日刊スポーツ(2018年9月19日・胃がんによる死去、グアム療養)
- 日刊スポーツ(2018年9月20日・榊原信行氏による闘病証言)
- 日本テレビ「ザ!世界仰天ニュース」(2019年1月8日放送)
- RIZIN公式サイト(2018年9月18日・訃報と追悼コメント)
- 日本修斗協会(2018年9月19日・競技歴と功績)
- eFight(2018年9月20日・榊原氏の記者会見内容)