式秀部屋の歴史を理解するには、創設者である元小結・大潮と、2013年に部屋を継承した元北桜の関係を押さえる必要があります。
創設者の大潮は、時津風部屋で長く活躍した力士です。1988年1月場所を最後に現役を引退し、1989年9月に年寄名跡「式守秀五郎」を取得。その後、1992年4月に時津風部屋から独立して式秀部屋を立ち上げました。
部屋の創設日として記録されているのは1992年4月1日です。
式秀部屋の歴史年表| 年月 | 出来事 | 意味・背景 |
|---|---|---|
| 1988年1月 | 大潮が現役引退 | 時津風部屋の部屋付き親方となる |
| 1989年9月 | 式守秀五郎を襲名 | 式秀部屋創設に向けた準備 |
| 1992年4月1日 | 式秀部屋を創設 | 時津風部屋から独立 |
| 2012年3月 | 千昇が新十両昇進 | 部屋初の関取が誕生 |
| 2013年1月4日 | 元北桜が部屋を継承 | 現師匠による新体制へ |
| 2013年1月 | 出羽海一門へ転属 | 北の湖部屋出身の師匠への継承に伴う変更 |
| 2026年11月 | 所属力士8人 | 序二段・序ノ口を中心に活動 |
式秀部屋の師匠は、創設者の大潮と、現在の式守秀五郎親方の2人です。
初代の師匠:元小結・大潮
大潮は時津風部屋出身で、最高位は小結。十両優勝3回、三賞2回、金星3個という実績を持っています。
長年にわたって部屋を率い、2012年には千昇を部屋初の関取に育てました。
2人目の師匠:元前頭・北桜
2013年1月4日に部屋を継承したのが、現在の式守秀五郎親方です。
この交代は、単なる師匠の引き継ぎではありません。創設者と同じ時津風部屋の系統から、北の湖部屋を出身とする親方へと運営の中心が移った転換点でした。
【歴代力士】式秀部屋から関取になった力士と出世頭

式秀部屋の歴代力士を振り返ると、部屋の規模や実績を考えるうえで重要な存在が千昇です。
部屋初の関取・千昇
千昇 秀貴(せんしょう・ひでき)
- 出身:モンゴル・ウランバートル
- 初土俵:2001年3月場所
- 新十両:2012年3月場所
- 最高位:十両14枚目
- 引退:2015年1月場所
千昇は、式秀部屋が創設されてから初めて十両に昇進した力士です。
2012年3月場所に新十両となり、部屋にとって大きな節目を迎えました。白鵬らと同時期に来日した力士で、新十両昇進まで65場所を要したことでも知られています。
日本相撲協会の公式プロフィールによると、通算成績は300勝250敗41休。幕下優勝1回、三段目優勝1回という実績も残しています。
2015年1月場所で引退し、その後、式秀部屋から新たな関取は誕生していません。2026年11月場所の時点でも関取は不在です。
幕下まで昇進した歴代の有力力士関取には届かなかったものの、幕下上位まで番付を上げた力士もいます。
| 力士名 | 最高位 | 特徴 |
|---|---|---|
| 潮光山 | 幕下5枚目 | 部屋の歴代出世頭の一人 |
| 太牙 | 幕下19枚目 | 2013年に最高位を記録 |
| 式ノ海 | 幕下49枚目 | 2002年に最高位を記録 |
| 西園寺 | 幕下52枚目 | 2021年に最高位を記録 |
| 哲光 | 幕下54枚目 | 2008年に最高位を記録 |
| 照山 | 幕下55枚目 | 茨城県出身 |
| 爆羅騎 | 幕下58枚目 | 2014年に最高位を記録 |
| 大乃潮 | 幕下59枚目 | 2004年に最高位を記録 |
式秀部屋の歴史を数字で見ると、創設から番付に掲載された力士は64人。十両以上に昇進したのは千昇の1人です。
幕内優勝や三役昇進の実績はありませんが、各段の優勝では幕下1回、三段目1回、序二段2回、序ノ口1回を記録しています。
ここから見えてくるのは、式秀部屋が関取を大量に輩出する大規模な部屋というより、長い期間にわたって力士を育ててきた小規模な相撲部屋だということです。
【出羽海一門との関係】式秀部屋のルーツは時津風部屋
式秀部屋について調べる際、混同しやすいのが「創設した部屋の系統」と「現在所属している一門」です。
この2つは同じではありません。
式秀部屋は、1992年に元小結・大潮が時津風部屋から独立して創設しました。そのため、創設当初のルーツは時津風部屋にあります。
ところが2013年、元北桜が部屋を継承した際に状況が変わりました。
北桜は北の湖部屋の出身です。北の湖部屋は出羽海一門に属していたため、式秀部屋も師匠の交代とともに出羽海一門へ移りました。
関係する部屋・人物の相関
時津風部屋
元小結・大潮が所属していた部屋
1992年4月に独立
式秀部屋
創設時は時津風一門に所属
2013年1月4日に師匠交代
北の湖部屋
元北桜が所属・指導していた部屋
元北桜が式秀部屋を継承
出羽海一門
現在の式秀部屋の所属一門
この経緯から、式秀部屋を単純に「出羽海一門から独立した部屋」と理解するのは正確ではありません。
創設の系譜は時津風部屋、現在の所属一門は出羽海一門。 この区別が、式秀部屋の歴史を理解するポイントです。
2026年の出羽海一門には、出羽海部屋、春日野部屋、境川部屋、武蔵川部屋、藤島部屋、二子山部屋、武隈部屋、玉ノ井部屋、雷部屋、木瀬部屋、尾上部屋、山響部屋、式秀部屋、立浪部屋などがあります。
【住所・アクセス】式秀部屋は茨城県龍ケ崎市佐貫にある
式秀部屋
〒301-0032
茨城県龍ケ崎市佐貫4丁目17-17
最寄り:JR常磐線・龍ケ崎市駅
駅西口から徒歩約8分
式秀部屋の所在地は、日本相撲協会の公式サイトにも掲載されています。
最寄り駅は龍ケ崎市駅です。以前は佐貫駅という名称だったため、古い記事や地図では「佐貫駅」と表記されていることがあります。
現在の駅名で検索する場合は、JR常磐線の龍ケ崎市駅を目印にすると分かりやすいでしょう。
地域に根差した相撲部屋としての特徴式秀部屋は、東京都内の相撲部屋とは異なり、茨城県龍ケ崎市に拠点を置いています。
龍ケ崎市の地域情報では、子ども向けの相撲体験教室や地域イベントへの参加など、地域住民と相撲をつなぐ活動が紹介されてきました。
2025年8月の龍ケ崎市の資料でも、地元イベントでのちゃんこの振る舞いや稽古見学など、地域との交流が特徴として取り上げられています。
また、部屋のモットーとして知られるのが「明るく楽しく元気よく」という言葉です。力士の個性を生かした四股名も、式秀部屋を特徴づける要素の一つになっています。
なお、稽古見学やイベントへの参加が常時自由にできるという意味ではありません。実際に訪問する場合は、事前に部屋や関係機関へ確認するのが適切です。
【プロの結論】式秀部屋の現在を理解する3つの視点
式秀部屋の2026年の状況を評価する際には、単純な所属人数だけで判断しないことが大切です。
1.8人という人数は場所ごとに変動する2025年8月の龍ケ崎市の資料では所属力士12人と紹介されていました。一方、2026年11月場所の番付に掲載されているのは8人です。
相撲部屋の所属人数は、入門・引退・移籍などによって変化します。特定の場所の番付人数を、年間を通じた固定人数と混同しないことが大切です。
2.最大の課題は次の関取を育てること歴代で十両に昇進したのは千昇1人。最後に関取が在籍したのは2013年3月場所です。
2026年11月場所も関取は不在で、所属力士は序二段と序ノ口に集中しています。
今後注目したいのは、序ノ口から序二段、三段目、幕下へと番付を上げる力士が現れるかどうかです。特に、現在の所属力士がどのように番付を伸ばしていくかが、部屋の将来を占う材料になります。
3.個性的な四股名だけで部屋の実力を判断しない冨蘭志壽、宇瑠寅、爆虎神、大当利など、式秀部屋には印象に残る四股名が多くあります。
しかし、四股名のユニークさと相撲の実力は別の問題です。評価するときは、実際の番付、場所ごとの勝敗、昇降の推移を確認する必要があります。
式秀部屋の魅力は、こうした個性的な名前だけでなく、地域に根差した活動と、長い歴史を持つ部屋の継続性にもあります。
【式秀部屋に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:式秀部屋の現在の師匠は誰ですか?
A1:元前頭9枚目・北桜の式守秀五郎親方です。2013年1月4日に部屋を継承し、2026年11月現在も師匠を務めています。
Q2:式秀部屋には現在何人の力士が所属していますか?
A2:2026年11月場所の番付掲載力士は8人です。序二段4人、序ノ口4人で、幕下以上と関取は在籍していません。
Q3:式秀部屋の所在地と最寄り駅はどこですか?
A3:茨城県龍ケ崎市佐貫4丁目17-17です。JR常磐線の龍ケ崎市駅西口から徒歩約8分が目安です。
Q4:式秀部屋はいつ創設されましたか?
A4:1992年4月1日です。元小結・大潮が時津風部屋から独立して創設しました。
Q5:式秀部屋から関取になった有名な力士は誰ですか?
A5:代表的なのは千昇です。2012年3月場所に新十両となり、部屋初の関取になりました。最高位は十両14枚目です。
Q6:式秀部屋は出羽海一門ですか?
A6:はい。創設当初は時津風一門でしたが、2013年に元北桜が部屋を継承した際、出羽海一門へ移りました。
2026年11月現在の式秀部屋は、元北桜の式守秀五郎親方が率いる、茨城県龍ケ崎市の相撲部屋です。
1992年に元小結・大潮が時津風部屋から独立して創設し、2013年に元北桜が継承。現在は出羽海一門に所属しています。
11月場所の所属力士は8人。赤虎、冨蘭志壽、大当利、爽、豪鬼神、爆虎神、宇瑠寅、潮来桜が、それぞれ序二段・序ノ口で番付を争います。
歴代では千昇が部屋初の関取となり、潮光山など幕下上位まで進んだ力士もいました。
今後の注目点は、現在の8人から次の関取が誕生するかどうかです。個性的な四股名、創設から続く歴史、地域とのつながりを持つ式秀部屋は、2026年以降も力士一人ひとりの番付の変化とともに見守りたい相撲部屋です。