2026年11月現在、相内誠はプロ野球選手としてのキャリアを終え、格闘技の世界にも挑戦した元埼玉西武ライオンズの投手として知られている。1994年7月23日生まれの32歳。千葉国際高校時代に「房総のダルビッシュ」と呼ばれ、2012年ドラフト2位で西武に指名された逸材だった。
しかし、プロ野球では一軍通算21試合で0勝7敗、防御率10.05という成績に終わり、2020年に戦力外通告を受けて現役引退。その後は格闘家に転身し、2021年のRISE ELDORADOでプロデビューを果たした。さらにBreakingDownへの出場やシュートボクシングへの参戦など、野球とは異なる舞台にも活動の幅を広げている。
【相内誠の現在】2026年の年齢・活動状況と最新プロフィール

相内誠は、千葉県柏市出身の元プロ野球選手・格闘家である。2026年11月5日時点で32歳。西武時代は185cmの長身を生かした右投げ右打ちの投手としてプレーし、引退後はキックボクシングを中心とする格闘技に挑戦した。
現在の活動を確認するうえで重要なのが、格闘技団体RISEの公式選手プロフィールだ。同ページには相内の選手情報と戦歴が掲載されており、記録されている試合は3戦3敗。最後に掲載されている試合は2023年2月12日のSHOOT BOXING 2023 act.1である。
したがって、2026年時点で確認できる競技記録からは、2023年以降の新たな公式戦出場を確認できない。格闘家として活動を続けていると断定できる新しい公式発表も見当たらず、現在の所属先や具体的な職業についても、広く確認できる最新情報は限られている。
一方、プロ野球引退直後にはYouTubeチャンネル「相内誠ちゃんねる」を開設し、アパレルブランド「SIEL(シエル)」のプロデュースにも取り組んでいた。競技だけでなく、自身の発信や事業を通じて活動の場を広げようとしていたことが分かる。
2026年の近況を整理すると、確実に確認できるのはプロ野球からの引退と、2021~2023年にかけての格闘技挑戦である。現在の生活や仕事について、過去のSNS投稿や古いプロフィールだけを根拠に断定することはできない。
出典:日本野球機構(NPB)、RISE公式選手プロフィール、J-CASTニュース。
【プロフィール】相内誠の生年月日・出身高校と「房総のダルビッシュ」の由来
相内誠がプロ入り前に大きな注目を集めた理由は、恵まれた体格と将来性のある投球だった。千葉国際高校では2年春からエースを務め、高校野球の関係者やプロスカウトから評価されていた。
特に有名だったのが「房総のダルビッシュ」という異名だ。185cm前後の長身と、しなやかな腕の振りから繰り出す速球が特徴で、当時の日本ハム・ダルビッシュ有を連想させる投手として紹介された。
2012年7月の日刊スポーツの記事では、千葉国際高校のエースとして春季県大会などで好成績を残したことが報じられている。記事によると、春季県大会では5試合40イニングを投げ、47奪三振、防御率0.00を記録した。高校時代から高い奪三振能力を備えていたことが分かる。
相内誠の基本プロフィール- 氏名:相内誠(あいうち・まこと)
- 生年月日:1994年7月23日
- 年齢:32歳(2026年11月時点)
- 出身地:千葉県柏市
- 身長:185cm
- 投打:右投げ右打ち
- 出身高校:千葉国際高校
- ドラフト:2012年ドラフト2位
- プロ所属球団:埼玉西武ライオンズ
- プロ野球でのポジション:投手
- 格闘技での主な活動:キックボクシング、立ち技格闘技
西武の2012年ドラフト公式発表では、相内は第2巡目指名選手として紹介されている。球団の編成部は、投手としてのセンスやストレートの切れ、多彩な変化球を評価し、将来の先発ローテーション候補として期待していた。
ただし、高校野球では甲子園出場を果たしていない。甲子園で全国的な実績を残した選手というより、地方大会での投球内容とスカウト評価によってプロ入りを勝ち取った投手だった。
「房総のダルビッシュ」は高校時代の評価を象徴する呼び名であり、プロ入り後の登録名や格闘家としての正式なリングネームとは区別する必要がある。なお、RISEのプロフィールでは「房総のバッドボーイ」というニックネームも使用されている。
出典:埼玉西武ライオンズ2012年ドラフト発表、日刊スポーツ高校野球関連記事、RISE公式プロフィール。
【西武時代の経歴】2012年ドラフト2位から2020年の退団まで
相内誠のプロ野球人生は、期待に満ちたドラフト指名から始まった。しかし、正式入団前からトラブルが発生し、その後も競技成績と私生活の両面で苦しい時期が続いた。
2012年:西武からドラフト2位指名2012年10月25日、埼玉西武ライオンズは千葉国際高校の相内誠をドラフト2位で指名した。18歳の大型右腕として、将来の先発投手候補に位置付けられていた。
ところが、指名後の12月4日、仮免許での運転中に無免許運転と速度超過の問題が発覚。球団は入団交渉を一時凍結した。
その後、学校での謹慎や指導、刑事処分に関する手続きなどを経て、2013年3月10日に正式入団が発表された。球団の入団会見では、社会人としても野球人としても成長したいという本人の謝罪と決意が伝えられた。
2014年:未成年飲酒・喫煙による処分プロ2年目の2014年1月には、未成年での飲酒と喫煙が判明した。西武球団は公式発表で事実を認め、相内に対して6カ月間の対外試合出場禁止と外出規制を科した。
同年7月に処分期間が終了し、実戦復帰に向けた調整を再開。9月13日の楽天戦で一軍デビューを果たした。入団前の問題と新人時代の処分を経て、ようやくプロの舞台に立ったことになる。
2018~2019年:一軍登板と初勝利への挑戦2018年は一軍で10試合に登板し、防御率3.45を記録した。登板数はプロ入り後最多で、リリーフを中心に一定の結果を残したシーズンだった。
2019年4月25日の千葉ロッテマリーンズ戦では先発登板。6回を投げて7安打4失点と粘り、チームが勝ち越した時点では勝利投手の権利を得ていた。しかし、その後に救援陣が追いつかれ、プロ初勝利は実現しなかった。
本人にとっても印象深い試合だった。2020年11月の引退発表時には、球団を通じて2019年4月25日のロッテ戦を最も印象に残っている試合として振り返っている。
相内誠の主な経歴・転換点一覧| 時期 | 出来事 | 内容・結果 |
|---|---|---|
| 2012年10月 | ドラフト指名 | 西武から2位指名 |
| 2012年12月 | 入団交渉凍結 | 入団前の無免許運転・速度超過が発覚 |
| 2013年3月 | 正式入団 | 埼玉西武ライオンズと契約 |
| 2014年1月 | 球団処分 | 未成年飲酒・喫煙で6カ月の対外試合出場禁止 |
| 2014年9月 | 一軍デビュー | 楽天戦でプロ初登板 |
| 2018年 | 登板機会増加 | 一軍10試合、防御率3.45 |
| 2019年4月 | ロッテ戦先発 | 6回4失点。プロ初勝利はならず |
| 2020年8月 | 球団処分 | 外出問題などを受け無期限の対外試合出場禁止 |
| 2020年11月 | 戦力外・引退 | 西武から来季契約を結ばないと通告され、引退を発表 |
| 2021年2月 | 格闘家デビュー | RISE ELDORADOに参戦 |
| 2023年2月 | シュートボクシング出場 | 仲田光大と対戦しKO負け |
この経歴から見えるのは、相内が単純に実力不足だけでプロ生活を終えたわけではないという点だ。投手として一軍で一定の登板機会を得た時期もあり、2018年には防御率3点台を記録していた。一方、複数回の規律問題がキャリア形成に影響し、継続的に実績を積み上げることが難しくなった。
出典:埼玉西武ライオンズ公式発表、日本野球機構、日刊スポーツ、デイリースポーツ。
【プロ野球通算成績】相内誠はなぜ0勝7敗に終わったのか
相内誠のプロ野球通算成績は、21試合登板、0勝7敗、防御率10.05。投手としての一軍キャリアは、勝ち星を挙げられないまま終了した。
NPBの個人成績とパ・リーグ公式選手データでは、通算43イニング、32奪三振などの数字も確認できる。
一軍の年度別成績- 2014年:2試合、0勝2敗、防御率14.54
- 2016年:2試合、0勝2敗、防御率11.74
- 2017年:5試合、0勝1敗、防御率19.50
- 2018年:10試合、0勝1敗、防御率3.45
- 2019年:2試合、0勝1敗、防御率11.57
数字を詳しく見ると、2018年が一つの転換点だったことが分かる。10試合に登板して防御率3.45を記録し、過去のシーズンと比べて安定した投球を見せた。
しかし、2019年は2試合の登板で防御率11.57。2018年の好成績を継続することはできなかった。先発としてもリリーフとしても、一軍で安定した役割を確立するには至らなかった。
2019年4月25日のロッテ戦が示した可能性相内のキャリアを振り返るうえで、2019年4月25日のロッテ戦は重要な試合である。
この試合では6回4失点。3本の本塁打を浴びながらも投球を続け、チームは最終的に延長10回で9対8の勝利を収めた。
相内は一時的に勝利投手の権利を得ていたものの、後続の失点によって初勝利は消滅した。本人が引退時にこの試合を印象深い一戦として挙げたのも、プロ初勝利に最も近づいた登板の一つだったからだろう。
ここで注目したいのは、通算成績だけでは投手としての潜在能力や一時的な成長まで評価できないということだ。2018年の防御率3.45や2019年の先発登板は、一定の能力を示した記録でもある。
ただし、プロ野球では一度の好投だけで評価が決まるわけではない。年間を通して安定した成績を残し、チームが求める役割を継続して果たす必要がある。相内の場合、その壁を越えることができなかった。
出典:日本野球機構、パ・リーグ公式選手データ、日刊スポーツ。
【退団理由を検証】2020年の戦力外通告と引退の経緯
相内誠が2020年に西武を退団した背景には、投手としての成績面の課題に加えて、球団の規律に関わる問題があった。
2020年4月の外出問題と球団処分2020年4月12日、相内はチームメートの佐藤龍世とともに千葉県内のゴルフ場へ外出した。当時は新型コロナウイルス感染拡大を受けた緊急事態宣言下で、球団が不要不急の外出を控えるよう求めていた時期だった。
加えて、移動中に佐藤が運転する車の速度違反が発覚。8月20日、西武球団は両選手の違反行為を公表し、相内にも無期限の対外試合出場禁止とユニホーム着用禁止の処分を科した。
この問題は単なる外出ルール違反にとどまらず、過去の経緯も含めて相内の選手としての信用に影響する出来事となった。
過去の問題も重なったプロ生活相内には入団前と入団後にも処分歴があった。
2012年12月には、仮免許での運転中に無免許運転と速度超過が発覚。西武は入団交渉を凍結し、正式契約まで約3カ月を要した。
さらに2014年1月には未成年飲酒・喫煙が判明し、6カ月間の対外試合出場禁止処分を受けている。
つまり、2020年の問題は単独の出来事ではなく、過去にも規律上の問題があった選手が、再び球団の定めた行動規範に反する問題を起こしたという経緯がある。
2020年11月3日に戦力外通告、本人も引退を表明2020年11月3日、西武は相内に対して来季の契約を結ばないことを通告した。同日、相内は現役引退を発表した。
デイリースポーツが報じた球団を通じた本人のコメントでは、ライオンズでの思い出やファンへの感謝を伝え、今後について次のように述べている。
「野球は引退し、また新たな道を歩んでいきたいと思います」
この言葉は、プロ野球選手としてのキャリアに区切りをつけ、別の分野へ進む意思を示したものだった。
戦力外通告の理由を整理する際には、二つの要素を分けて考える必要がある。
一つは、通算21試合で0勝7敗、防御率10.05という一軍成績。もう一つは、2020年の問題による無期限の対外試合出場禁止処分と、それ以前から続いていた規律上の問題である。
球団が公表した正式な事実は、来季契約を結ばないという通告である。査定の内訳がすべて公開されているわけではないが、競技成績と規律面の両方が重なった状況で退団に至ったことは、当時の報道から読み取れる。
また、戦力外通告と引退は同じ意味ではない。球団が契約を更新しないと決めた後、相内自身が野球からの引退と新しい道への挑戦を表明した、という順序である。
出典:埼玉西武ライオンズ、デイリースポーツ、日刊スポーツ、スポニチ。
【格闘家への転身後】RISE ELDORADO 2021からデビュー戦、BreakingDownまで
西武退団後の相内誠が選んだ新しい道は、格闘技だった。
2020年11月に格闘家への転身意向が報じられ、同年12月にはキックボクシングイベントRISEへの参戦が正式に発表された。野球選手から格闘家への転身は珍しく、元プロ野球選手という経歴もあって注目を集めた。
2021年2月28日:RISE ELDORADOでプロデビュー相内の格闘家デビュー戦は、2021年2月28日に横浜アリーナで開催された「Cygames presents RISE ELDORADO」だった。
対戦相手はモンゴル出身のDelgermuru拳信王(デリゲルムルン・ケンシンハン)。スーパーライト級の65kg契約、3分3ラウンドの試合だった。
試合前日の計量では64.80kgでクリア。相手は64.95kgで計量を通過した。相内はスポニチの取材に対して、格闘技の試合に臨む意気込みを語っていた。
しかし、デビュー戦は厳しい結果となった。RISE公式大会結果によると、相内は1ラウンド2分05秒、3ノックダウンによるKO負け。試合開始から相手の攻撃を受け、初陣を白星で飾ることはできなかった。
一部の報道ではTKO負けと表現されているが、RISE公式の大会結果ではKOと記載されている。試合結果を正確に確認する場合は、この公式記録を基準にするのが適切だ。
2021年11月:BreakingDownで25秒KO勝利デビュー戦で敗れた相内だったが、格闘技への挑戦をすぐに終わらせたわけではない。
2021年11月27日に開催されたBreakingDown第3回大会に出場し、柴田海都とフェザー級の立ち技ワンマッチで対戦した。
試合は開始から積極的な打撃の応酬となり、最後は相内の右ストレートが決まって25秒KO勝利。格闘家転向後の初勝利を手にした。
この試合では、野球の投手として培った身体能力や右腕の強さが注目された。試合後には相手を気遣う姿も報じられ、日刊スポーツは格闘技に対する本人の思いを取り上げている。
なお、このBreakingDownでの勝利は、RISE公式プロフィールに掲載されている3戦3敗の戦績には含まれていない。別イベントでの勝利であり、両者は記録の対象が異なる。
2022年2月:安彦考真との対戦2022年2月16日には、RISE FIGHT CLUBに参戦。元Jリーガーの安彦考真と-66kg契約で対戦した。
試合は1ラウンド1分51秒、膝蹴りによるKO負け。相内にとって、格闘家としての技術や試合経験をさらに積むための厳しい一戦となった。
2023年2月:シュートボクシングにも挑戦2023年2月12日、相内は東京・後楽園ホールで開催された「SHOOT BOXING 2023 act.1」に出場した。
対戦相手はSANDA CLUB Mz所属の仲田光大。62kg契約のフレッシュマンクラスルールで行われた試合は、2ラウンド1分32秒、右ローキックによるKO負けだった。
シュートボクシングの公式試合結果では、相内が1ラウンドから大きなフックを当てた一方、仲田がミドルキックやローキックで対抗。2ラウンドに右ローキックで主導権を握り、最後はKO勝利を収めたと記録されている。
格闘家としての戦歴を整理- 2021年2月28日:Delgermuru拳信王に1ラウンドKO負け(RISE)
- 2021年11月27日:柴田海都に25秒KO勝利(BreakingDown第3回大会)
- 2022年2月16日:安彦考真に1ラウンドKO負け(RISE FIGHT CLUB)
- 2023年2月12日:仲田光大に2ラウンドKO負け(SHOOT BOXING)
RISEの公式選手プロフィールには、相内の戦歴が3戦3敗と記載されている。一方、BreakingDownでの25秒KO勝利も実際に報じられた試合結果であるため、相内の格闘技活動全体を「3戦3敗」とだけ紹介するのは正確ではない。
2026年11月時点で、確認できる最後の公式試合記録は2023年2月のシュートボクシング参戦となっている。それ以降の新たな試合結果や、競技活動の継続を示す確かな情報は確認できない。
出典:RISE公式大会結果、RISE公式選手プロフィール、シュートボクシング公式試合結果、日刊スポーツ、ENCOUNT。
【相内誠に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:相内誠は2026年現在、何をしている?
A1:プロ野球は2020年に引退し、その後は格闘家に転身した。RISE公式プロフィールには3戦3敗の記録があり、最後に掲載された試合は2023年2月のシュートボクシング。2026年現在の具体的な職業や所属先については、確かな最新公表情報が限られている。
Q2:相内誠のプロ野球通算成績は?
A2:埼玉西武ライオンズでの一軍通算成績は21試合、0勝7敗、防御率10.05。2018年には10試合に登板し、防御率3.45を記録した。
Q3:相内誠が西武を退団した理由は?
A3:2020年8月に外出問題と速度違反に関する処分を受け、同年11月3日に来季契約を結ばないと通告された。通算成績の低迷や過去の規律問題も含め、複数の事情が重なった退団だった。
Q4:相内誠の格闘家デビュー戦の結果は?
A4:2021年2月28日のRISE ELDORADOでDelgermuru拳信王と対戦し、1ラウンド2分05秒、3ノックダウンによるKO負けを喫した。
Q5:相内誠は格闘技でKO勝利したことがある?
A5:ある。2021年11月27日のBreakingDown第3回大会で柴田海都と対戦し、右ストレートによる25秒KO勝利を挙げた。これは格闘家転向後の初勝利として報じられている。
相内誠は、千葉国際高校時代に「房総のダルビッシュ」と呼ばれ、2012年ドラフト2位で埼玉西武ライオンズに入団した右腕だった。高校時代の高い評価とは対照的に、プロ野球では通算21試合、0勝7敗、防御率10.05という成績に終わり、2020年に戦力外通告を受けて現役を引退した。
退団には一軍成績の低迷だけでなく、入団前の無免許運転、2014年の未成年飲酒・喫煙、2020年の外出問題など、規律面の問題も影響した。プロ野球選手として期待されながら、競技に集中できる環境を維持することが難しかったキャリアでもある。
その後、相内は格闘家という新しい道を選んだ。2021年のRISEデビュー戦ではKO負けを喫したものの、同年11月にはBreakingDownで25秒KO勝利。2022年のRISE FIGHT CLUB、2023年のシュートボクシングにも出場し、異なる格闘技の舞台に挑戦してきた。
2026年現在、最後に確認できる公式試合記録は2023年2月。現在の活動状況や今後の競技復帰については、新たな公式発表を待つ必要がある。
【プロの結論】
相内誠の経歴を正しく理解するためには、野球時代の通算成績、戦力外通告に至った経緯、格闘家としての実績を分けて見ることが大切だ。特に、RISE公式の3戦3敗という記録と、BreakingDownでのKO勝利は別々の大会記録であり、混同してはいけない。
また、「房総のダルビッシュ」という高校時代の評価だけでプロ野球人生を判断することも、「格闘家転身後のKO負け」だけで第二のキャリアを評価することも適切ではない。重要なのは、各競技で実際に残した記録と、挑戦した時期を正確に把握することだ。
野球から格闘技へ。異なる競技に挑んだ相内誠の歩みは、2020年の引退だけで終わるものではない。2026年以降に新たな活動や試合が発表されれば、その動向も注目される。