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クマムシは現在も活動中?解散説の真相と2人のプロフィール・近況を2026年最新解説

天川 空 天川 空 • 更新: • 公開: • 読了約 24 分
目次

「あったかいんだからぁ~」のフレーズで2015年に大ブレイクしたお笑いコンビ・クマムシ。第57回日本レコード大賞の特別賞や日本有線話題賞を受賞し、NHK紅白歌合戦にも出演するなど、一時代を彩った2人だ。

しかし、最近テレビで見かける機会が減ったことから、「クマムシは現在何をしている?」「すでに解散したのでは?」と気になっている人も多い。

実際には、佐藤大樹と長谷川俊輔は2026年現在もコンビ活動を継続。漫才協会への加入を経て浅草・東洋館の舞台に立つ一方、長谷川はサウナの熱波師、佐藤はトレーナーとしても活動している。M-1グランプリへの挑戦も続けており、ブレイク後も芸人としての軸を保っている。

ここでは、2人のプロフィール、結成の経緯、代表ネタの誕生秘話、受賞歴、解散説の背景、2026年の活動状況までを時系列で整理する。

【2026年最新】クマムシは現在も活動中!解散説の真相とは?

クマムシお笑いコンビ

コンビ活動継続中

クマムシは2026年11月現在も、佐藤大樹と長谷川俊輔の2人で活動している。

所属事務所のワタナベエンターテインメント公式プロフィールにも、2人の名前が並んで掲載されている。加えて、2024年4月には漫才協会への加入も発表され、活動の中心に寄席・舞台という新しい選択肢が加わった。

テレビ出演がブレイク当時より落ち着いたことと、芸人としての活動がなくなったことは同じではない。現在のクマムシは、テレビだけに依存しない活動スタイルを築いている。

2024年から漫才協会に加入!浅草・東洋館が新たな活動拠点に

2024年3月24日、佐藤大樹が自身のXで、4月から漫才協会に所属することを報告した。

4月1日から浅草東洋館で開催される「漫才大行進」に出演。加入直後には、お披露目を兼ねた7回の出演が予定されていた。

漫才協会は、漫才を中心とする演芸の普及や継承を目的とする団体。ナイツなど、寄席を活動の重要な拠点としている芸人が所属している。

クマムシにとって、この加入は単なる出演先の追加ではない。テレビで全国的に知られた歌ネタを持ちながら、改めて漫才師として舞台経験を積み重ねる転機になった。

2025年8月のFRIDAYのインタビューでも、2人は東洋館の舞台について前向きに語っている。長谷川は新しい居場所を見つけたという趣旨の話をし、佐藤も幅広い年齢層の観客にネタが受け入れられることに手応えを感じていた。

2026年11月にも東洋館への出演が決定

2026年11月5日時点で確認できる浅草東洋館の公式スケジュールでは、11月10日開催の「漫才特選会」にクマムシの名前が掲載されている。

出演予定時刻は13時40分。漫才協会の出演者として、ほかの芸人とともに舞台に立つ予定だ。

また、長谷川の公式ブログでは、2026年2月から5月にかけても東洋館での出演や各地のイベントが告知されている。

こうした活動状況を見ると、クマムシは過去のヒット曲だけに頼っているわけではない。寄席、ライブ、イベントという複数の現場で芸人として活動を続けていることが分かる。

【メンバープロフィール】佐藤大樹と長谷川俊輔はどんな人物?


佐藤大樹
ツッコミ担当・富山県出身

長谷川俊輔
ボケ・歌担当・埼玉県出身

クマムシの魅力は、2人の見た目やキャラクターの対照性にもある。

長谷川がアイドル風の歌を披露し、佐藤が冷静にツッコミを入れる。この組み合わせが「あったかいんだからぁ」の独特な面白さを生み出した。

佐藤大樹のプロフィール

佐藤大樹(さとう・ひろき)

- 生年月日:1988年3月30日
- 出身地:富山県
- 身長:177cm
- 担当:ツッコミ
- 所属:ワタナベエンターテインメント
- 趣味:音楽鑑賞、ファッション、恋愛、クラブに行くこと
- 特技:スイーツ屋巡りなど

佐藤はクマムシのツッコミ担当。長谷川が歌い始めると、その独特な世界観に対して的確に反応する役割を担っている。

2015年のORICON NEWSのインタビューでは、長谷川の歌ネタについて、見た目の強さとアイドルソングのギャップが面白いと感じていたことを明かしている。

2025年には、トレーニングを通じて自身の体づくりにも取り組んだ。100日間のトレーニングで10kgの減量に成功したことをSNSで報告し、同年3月にはトレーナーとしても活動を始めている。

芸人としての仕事に加え、身体づくりという新しい分野にも挑戦している人物だ。

長谷川俊輔のプロフィール

長谷川俊輔(はせがわ・しゅんすけ)

- 生年月日:1985年12月18日
- 出身地:埼玉県
- 身長:172cm
- 担当:ボケ・歌
- 所属:ワタナベエンターテインメント
- 趣味:音楽鑑賞、DJ、バスケットボール観戦
- 特技:オリジナルソング作成、カラオケ、柔道2段

クマムシの代表的な歌ネタを生み出してきたのが長谷川だ。

大柄でインパクトのある外見とは対照的に、かわいらしい声と仕草でアイドル風の歌を披露する。そのギャップが、コンビの大きな武器になっている。

子どもの頃から歌が好きで、オリジナルソングの制作も得意。現在は芸人としての活動に加え、サウナでタオルを振って熱風を送る熱波師としても活動している。

2026年11月時点の年齢とプロフィール比較
項目 佐藤大樹 長谷川俊輔
生年月日 1988年3月30日 1985年12月18日
年齢 38歳 40歳
出身地 富山県 埼玉県
身長 177cm 172cm
芸風上の役割 ツッコミ ボケ・歌
現在の活動 芸人・トレーナー 芸人・熱波師

※年齢は2026年11月5日時点。

生年月日と身長はユニバーサルミュージックのアーティストプロフィール、趣味・特技はワタナベエンターテインメントの公式プロフィールに基づく。

【結成経緯】クマムシはどうやって結成された?コンビ名の由来も解説

クマムシが結成されたきっかけは、ワタナベコメディスクールでの出会いだった。

2人は同じ養成所のクラスに在籍。最初から現在のような歌ネタを専門にしていたわけではない。

もともと長谷川はピン芸人を目指していた

2015年のMANTANWEBのインタビューによると、当初、長谷川はピン芸人になることも考えていた。

そこに声をかけたのが佐藤だった。

2人は一緒にコントに取り組み、養成所の月1回のライブで好成績を収めたことをきっかけに、正式にコンビとして活動するようになった。

養成所時代には、すでに一度解散の危機も経験している。

テレビ番組の密着企画に出演した際、佐藤がロケに2度遅刻。周囲からコンビ解消を勧められ、長谷川も悩んだという。

最終的には養成所の関係者から再挑戦を勧められ、2人でやり直すことになった。

このエピソードは、2015年のORICON NEWSでも本人たちが振り返っている。

コンビ名「クマムシ」に込められた意味

コンビ名を考えたのは佐藤。

クマムシという生物は、厳しい環境にも耐えることで知られている。その生命力の強さに着目し、芸能界でもしぶとく生き残るコンビになりたいという思いを込めたという。

ただし、名前の由来には本人たちらしいオチもある。

長谷川が後からクマムシについて調べたところ、上からの圧力には弱いという特徴を知ったというのだ。

「何をされても死なない」というイメージだけで名前を決めた佐藤に対し、長谷川がその弱点を指摘するという、まさに漫才のようなエピソードである。

結成時期は2010年?2011年?

ここはプロフィールを調べる際に混乱しやすいポイントだ。

MANTANWEBやORICON NEWSでは、2010年の養成所時代にコンビを結成したと紹介されている。一方、M-1グランプリ公式のコンビ情報では、結成年が2011年4月1日と登録されている。

これは、養成所時代にコンビとして活動を始めた時期と、大会データベース上の登録情報を区別すると理解しやすい。

【ブレイクの理由】「あったかいんだからぁ」はなぜ社会現象になった?

クマムシの名前を全国に広めた代表作が「あったかいんだからぁ」だ。

2014年ごろから話題になり、2015年にはCDデビューを果たすほどの人気を獲得した。

単なる一発ギャグではなく、歌として成立するメロディーと、漫才としての笑いが組み合わさっていたことが大きい。

誕生のきっかけは長谷川の歌好き

2015年2月のORICON NEWSのインタビューでは、長谷川本人が歌ネタの誕生経緯を説明している。

もともとはコントを中心に考えていたものの、事務所のライブで思うような評価を得られなかった。

そこで作家から、自分の好きなことをネタにしてみるよう助言された。

長谷川が選んだのは、昔から好きだった歌だった。

高校時代、英語の教科書に載っていたフレーズをメロディーに乗せて覚えていた経験も、オリジナルソングを作る発想につながったという。

当初はビジュアル系の音楽を取り入れたコントを考えていたが、衣装やメイクに手間がかかることから漫才形式に変更。

最初に披露した歌ネタが好評だったため、第2弾として「あったかいんだからぁ」を制作した。

ブレイクした3つの理由

1. 見た目と歌声のギャップ

長谷川の大柄でいかつい外見からは想像しにくい、かわいらしい歌声と仕草。この意外性がネタの中心にあった。

2. 耳に残るメロディー

「あったかいんだからぁ」という短いフレーズは、聞いた人が覚えやすく、自然と口ずさみたくなる特徴があった。

もともと約4分間のネタの中に、このフレーズは2か所しか登場しなかったという。ところが、ライブで披露するたびにその部分が特に受けたため、フレーズを前面に出した短いネタへと変化していった。

3. 人気芸人によるものまねが拡散を後押し

テレビ朝日系『アメトーーク!』の「パクリたい芸人」の企画も、知名度を広げる大きなきっかけになった。

アンタッチャブルの山崎弘也やFUJIWARAの藤本敏史らがネタをまねしたことで、番組視聴者にも広く浸透した。

ORICON NEWSのインタビューで長谷川自身も、この企画が世間に広まるきっかけの一つになったと振り返っている。

2015年2月にCDデビュー!音楽活動でも成功

2015年2月4日、クマムシは「あったかいんだからぁ」でCDデビュー。

発売記念イベントでは、ファンの前で楽曲を披露した。

当時のORICON NEWSによると、ミュージックビデオは公開からわずか1日で再生回数100万回を突破。芸人のネタから音楽作品へと広がる異例の盛り上がりを見せた。

歌ネタがそのまま音楽作品として成立したことは、クマムシのキャリアにとって大きな転換点だった。

【受賞歴・経歴年表】レコード大賞特別賞と日本有線話題賞の実績

「あったかいんだからぁ」のヒットは、お笑い界だけにとどまらなかった。

2015年には音楽関連の賞を複数受賞。芸人の歌ネタが音楽業界でも評価された象徴的な出来事となった。

第57回日本レコード大賞の特別賞

2015年12月30日に開催された第57回日本レコード大賞で、クマムシの「あったかいんだからぁ」が特別賞に選ばれた。

これは日本作曲家協会の公式記録にも掲載されている。

注意したいのは、受賞したのは日本レコード大賞そのものではなく、特別賞という点だ。

同年の日本レコード大賞は三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBEの「Unfair World」が受賞している。

日本有線話題賞も受賞

クマムシは2015年の第48回日本有線大賞で、有線話題賞にも選ばれた。

日本有線大賞は、有線放送へのリクエストなどをもとに音楽の人気を評価する賞だった。

同年の「あったかいんだからぁ」は、幅広い世代に知られるフレーズとして浸透しており、こうした受賞は楽曲の話題性を裏付けるものとなった。

クマムシの主な経歴・転換点一覧
時期 出来事 意味・実績
2010年 養成所時代にコンビ結成 2人の活動が始まる
2011年4月 M-1公式上の結成年 公式登録上の結成年
2014年ごろ 歌ネタが注目される テレビ出演を機に知名度上昇
2015年2月 CDデビュー 音楽活動へ展開
2015年 第57回日本レコード大賞 特別賞を受賞
2015年 第48回日本有線大賞 有線話題賞を受賞
2024年4月 漫才協会に加入 浅草東洋館での活動を開始
2025年 トレーナー・熱波師として活動 個人の得意分野を生かした展開
2026年 東洋館・各種イベントに出演 コンビ活動を継続

紅白歌合戦にも出演!芸人から音楽シーンへ

2015年のクマムシは、テレビ番組だけでなく音楽番組にも出演する機会が増えた。

年末にはNHK紅白歌合戦にも出演し、細川たかしのバックダンサーを務めたことが、2024年の漫才協会加入時の報道でも紹介されている。

一時的な話題に終わらず、音楽番組や大規模イベントにも登場する存在になったことが、当時の人気の大きさを物語っている。

【解散説・M-1】なぜクマムシは消えたと言われるのか?

クマムシの解散説が浮上する背景には、2015年のブレイク時と比較して、全国ネットのテレビ番組で見かける頻度が落ち着いたことがある。

しかし、テレビ露出の減少だけで解散を判断することはできない。

実際には、2人は漫才協会への加入や新しい仕事への挑戦を通じて、芸人としての活動を続けている。

過去には本当に解散の危機があった

解散説に関して興味深いのは、クマムシ自身が過去の解散危機を公に語っていることだ。

2015年のORICON NEWSのインタビューで長谷川は、養成所時代に佐藤の遅刻が重なり、周囲からコンビを解消した方がよいと言われた経験を明かした。

一度は距離を置くことも考えたが、養成所の責任者から再び2人で挑戦するよう勧められ、コンビを続けることになった。

また、2024年には千原ジュニアのYouTubeチャンネルに出演し、ブレイク後の収入減少やコンビ仲の変化についても振り返っている。

つまり、過去に危機があったこと自体は事実だが、それは実際の解散とは異なる。

2025年のFRIDAYインタビューで語った現在地

2025年8月18日公開のFRIDAYデジタルの記事では、ブレイクから10年を経た2人が、仕事がなくなった時期や現在の活動について語っている。

記事では、コロナ禍などで収入がほぼゼロになった時期もあったことが紹介された。

それでも2人が芸人を続けてきた背景には、漫才への思いがあった。

長谷川は、伝統ある東洋館の舞台で芸事に取り組めることへの喜びを語り、佐藤も幅広い世代の観客にネタが受け入れられることに自信を感じていると話した。

テレビでの露出だけでは測れない、現在のクマムシの姿が見えるインタビューだ。

M-1グランプリへの挑戦も継続

クマムシはM-1グランプリにも継続して出場してきた。

M-1公式のコンビ情報では、結成年は2011年4月1日と登録されている。

2025年8月のFRIDAYのインタビューでは、毎年欠かさず出場していること、そして翌年がラストイヤーになることが語られていた。

つまり、2026年はM-1グランプリにおけるラストイヤーの挑戦年に当たる。

これはブレイク時の知名度だけに頼らず、漫才の賞レースで改めて評価を得ようとする姿勢の表れでもある。

また、2人はTHE SECONDで結果を残したいという目標についても話していた。

「歌ネタで有名になったコンビ」から「漫才師としてもう一度勝負するコンビ」へ。現在のクマムシを理解するうえで、この意識の変化は重要だ。

【個人活動の近況】長谷川は熱波師、佐藤はトレーナーとして活躍


長谷川俊輔
サウナの熱波師

佐藤大樹
トレーナー・ボディメイク

クマムシの現在を語るうえで欠かせないのが、2人の個人活動だ。

長谷川はサウナで熱波を送る仕事、佐藤はトレーニング指導という、それぞれ異なる分野に挑戦している。

一見すると芸人の仕事とは関係が薄いように感じるが、実は2人とも自身のキャラクターや過去の経験を生かした活動を展開している。

長谷川俊輔は「あったかいんだからぁ」を生かした熱波師

長谷川が始めたのは、サウナ施設などで熱風を送る熱波師の仕事だ。

きっかけは、ロッチの中岡創一からの提案だった。

2025年10月3日の日刊スポーツの記事によると、中岡から「あったかいんだからぁ」を歌いながらタオルを振れば需要があるのではないかと勧められたという。

その後、熱波師になる方法を調べ、サウナ業界で知られる井上勝正からタオルの素振りについて指導を受けた。

長谷川の熱波パフォーマンスは、単にタオルで熱風を送るだけではない。

代表ネタの「あったかいんだからぁ」を歌いながらタオルを振るという、クマムシらしさを生かした内容になっている。

同記事では、1回のパフォーマンスが約10〜15分で、1営業につき3ステージを行うことや、月に2〜3施設ほどを回っていることも紹介された。

さらに2026年の長谷川の公式ブログには、熱波イベントの告知が複数掲載されている。

2月には宮前平の湯けむりの庄、3月には西荻窪のROOF TOP SAUNA、4月には吉祥寺や綱島、宮崎でのイベントが告知された。

芸人としての代表作を、サウナという別のエンターテインメントに応用しているのが特徴だ。

佐藤大樹は10kg減量!トレーナーとしても活動

一方、佐藤が取り組んでいるのは筋力トレーニングと身体づくりだ。

2025年3月30日、37歳の誕生日を迎えた佐藤は、100日間のトレーニングによって10kgの減量に成功したことを報告した。

ENCOUNTやJ-CASTニュースによると、トレーニング前後の体重は75kgから65kgに変化。自身のSNSでも身体の変化を公開していた。

さらに2025年3月には、トレーナーとしての活動を開始した。

2025年8月のFRIDAYの取材では、週3日ほどトレーナーをしていると説明。オリジナルの運動メニューを取り入れ、参加者と一緒に身体を動かす活動をしているという。

ここで注目したいのは、2人が個人活動を芸人の仕事と切り離していないことだ。

FRIDAYのインタビューでは、佐藤が熱波師とトレーナーの活動について、お笑いにつなげるための「芸の肥やし」という考え方を示していた。

つまり、副業を単なる生活費の確保としてではなく、新しい経験や芸の幅を広げる機会として捉えている。

2人の現在の仕事を比較
人物 個人活動 クマムシとの相乗効果
長谷川俊輔 サウナの熱波師 歌ネタとパフォーマンスを活用
佐藤大樹 トレーナー 身体づくりと運動指導を活用
2人共通 漫才・ライブ・イベント コンビとしての知名度と経験を生かす

このように、個人活動とコンビ活動を並行させることが、現在のクマムシの特徴になっている。

【クマムシのお笑いコンビ】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:クマムシは2026年現在、解散していますか?

解散していない。佐藤大樹と長谷川俊輔は、2026年現在もワタナベエンターテインメント所属のコンビとして活動している。漫才協会にも所属し、浅草東洋館などの舞台に出演している。

Q2:クマムシの「あったかいんだからぁ」はいつブレイクしましたか?

2014年ごろから注目を集め、2015年にCDデビューして大ヒットした。2015年には第57回日本レコード大賞特別賞と日本有線話題賞を受賞している。

Q3:長谷川俊輔と佐藤大樹は現在何をしていますか?

長谷川は芸人活動と並行してサウナの熱波師として活動。佐藤は芸人活動に加えてトレーナーとして身体づくりの指導を行っている。2人とも漫才やイベント出演を続けている。

Q4:クマムシはM-1グランプリに出場していますか?

継続して出場してきた。M-1公式では2011年4月1日結成と登録されており、2026年はラストイヤーに当たる。

Q5:クマムシは現在も浅草東洋館に出演していますか?

出演している。2026年11月10日の浅草東洋館「漫才特選会」の公式スケジュールには、13時40分からクマムシの出演が掲載されている。

Q6:クマムシのコンビ名の由来は何ですか?

佐藤大樹が命名した。厳しい環境にも耐えるクマムシの生命力にあやかり、芸能界でもしぶとく活動していきたいという意味が込められている。

クマムシは「あったかいんだからぁ」の大ヒットによって全国的な知名度を獲得した後も、芸人としての活動を続けている。

今回のポイントを振り返ると、次のようになる。

- 佐藤大樹と長谷川俊輔は2026年現在もコンビ活動を継続。
- 2015年に「あったかいんだからぁ」でCDデビューし、音楽関連の賞を受賞。
- 2024年4月に漫才協会へ加入し、浅草東洋館を新たな舞台にしている。
- 長谷川は熱波師、佐藤はトレーナーとして個人活動にも取り組んでいる。
- 2026年はM-1グランプリのラストイヤーに当たる。

特に注目したいのは、2人がブレイク時の知名度にとどまらず、漫才師としての活動を大切にしていることだ。

一度大きなブームを経験した芸人にとって、ブームが落ち着いた後にどのような仕事を選ぶかは重要な課題となる。

クマムシの場合、長谷川は歌という強みをサウナの熱波パフォーマンスにつなげ、佐藤は身体づくりという新しい専門性を身につけた。その一方で、2人で立つ漫才の舞台も手放していない。

クマムシの現在を判断するなら、テレビへの出演頻度ではなく、コンビとしての舞台活動と新しい挑戦に目を向けるべきだ。

「あったかいんだからぁ」で知られた2人が、今度は漫才師としてどのような結果を残すのか。2026年以降の活動にも注目したい。

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天川 空
デジタルマーケター 天川 空
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アニメ・漫画の制作発表を担当。制作会社・出版社の公式告知と原作者コメントを確認してから記事化します。

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