日馬富士氏の引退後の活動には、教育事業だけでなく、酪農・牛乳事業もある。特に興味深いのが、新モンゴル日馬富士学園の子どもたちに良質な牛乳を届けるために始めたミルクファームだ。
なぜ牧場を始めたのか2023年に掲載された日本の牧場関係者への取材記事によると、日馬富士氏はモンゴルの子どもたちに、日本で飲むような品質の牛乳を届けたいという思いから牧場事業を構想した。
モンゴルは遊牧文化を持つ国だが、牛乳の安定供給や品質向上には課題があった。そこで日本の酪農家から飼育や牧場運営について助言を受け、乳牛の導入や飼育環境の整備を進めたという。
この事業は単純な利益追求型のビジネスというより、子どもたちの健康や食生活を支える教育環境の一部として位置づけられている。
学園の給食にも牛乳を提供2024年の学校法人岩谷学園による訪問記録では、新モンゴル日馬富士学園がミルクファームを運営し、そこで生産された牛乳を毎日の給食に提供していると紹介されている。
つまり、日馬富士氏の牧場事業は、学園の教育活動や生徒の食生活と結びついた取り組みだ。牛乳を生産する側と、それを消費する学校が連動する仕組みは、食育や農業への理解を深める機会にもなる。
ただし、牧場の現在の乳牛頭数、生産量、売上高、一般市場への販売規模などは、紹介された資料だけでは把握できない。全国展開する大規模乳業会社として紹介するのではなく、学園と結びついた酪農事業として理解するのが適切だ。
【伊勢ヶ濱部屋との関係】引退後も相撲界で活動している?

日馬富士氏は現役時代、安治川部屋に入門し、その後は伊勢ヶ濱部屋に所属した。師匠は元横綱旭富士の伊勢ヶ濱親方で、2017年の引退会見にも同親方が同席している。
日本相撲協会の歴代横綱プロフィールにも、所属部屋は「安治川→伊勢ヶ濱」と記録されている。日馬富士にとって伊勢ヶ濱部屋は、16歳で来日してから横綱に上り詰めるまでを支えた相撲人生の基盤だった。
ただし、引退後の現在の主要な肩書は新モンゴル日馬富士学園の理事長である。現役時代の部屋への所属と、現在の教育事業における役職は別のものだ。現時点で公表されている活動の中心は、相撲部屋の運営ではなく、モンゴルでの教育・国際交流・牧場事業にある。
【プロの結論】日馬富士公平の現在を評価する3つの視点
日馬富士公平氏の人生には、横綱としての成功、暴行問題による突然の引退、そして教育事業への転身という大きな転換点がある。
2026年の活動を評価するうえで、押さえておきたい要点は次の3つだ。
1. 横綱としての実績と不祥事の責任は別々に評価する
幕内優勝9回、生涯827勝という実績は、大相撲の歴史に残る数字だ。一方、貴ノ岩への暴行と傷害罪による罰金命令も、本人の経歴から切り離せない事実である。競技者としての功績が、暴力行為を正当化することはない。
2. 教育事業は学校の規模だけでなく成果を見る
約1,600人の在籍者を抱える学園を設立・運営していることは大きな実績だ。加えて、城西国際大学との交流や2026年の秋田県立大学との協定によって、国際教育の機会も広がっている。今後は卒業生の進学先、留学実績、専門教育の成果などが、学園の教育力を判断する材料になる。
3. 教育と農業を組み合わせた事業モデルに注目する
学校教育に日本語や礼儀を取り入れるだけでなく、ミルクファームを通じて食生活にも関わっている点は特徴的だ。教育、農業、国際交流を組み合わせることで、モンゴルの子どもたちが国内外で活躍するための環境づくりを目指している。
特に秋田県立大学との連携は、教育交流を農業技術や科学技術の分野まで広げる可能性を持つ。相撲界で培った知名度を、具体的な人材育成や国際交流につなげられるかが、今後の評価を左右するだろう。
日馬富士公平の現在に関するよくある質問(FAQ)
Q1:日馬富士公平は2026年現在何をしていますか?
A1:モンゴルの新モンゴル日馬富士学園で理事長を務め、教育事業や国際交流に取り組んでいる。牧場事業にも関わり、学園の給食に牛乳を提供する取り組みも紹介されている。
Q2:日馬富士はなぜ横綱を引退したのですか?
A2:2017年に貴ノ岩への暴行問題が発覚し、横綱としての責任を取るため、同年11月29日に現役引退を発表した。2018年1月には傷害罪で罰金50万円の略式命令を受けている。
Q3:日馬富士の現役時代の成績は?
A3:第70代横綱で、幕内優勝9回。生涯戦歴は827勝444敗85休、横綱在位は2012年11月から2017年11月までとなっている。
Q4:新モンゴル日馬富士学園の生徒数は何人ですか?
A4:2025年8月の福山市立大学による紹介では約1,600人。2022年の外務省資料でも約1,600人とされている。2026年の最新確定人数は公表資料から確認できない。
Q5:日馬富士は秋田県立大学と何を始めたのですか?
A5:2026年3月26日に、新モンゴル日馬富士学園と秋田県立大学が連携協力協定を締結した。学生・教職員の交流、留学生受け入れ、共同研究、教育プログラムなどを通じた人材育成を目指している。
Q6:日馬富士は安馬という名前からなぜ改名したのですか?
A6:大関昇進を機に、2009年1月場所から日馬富士に改名した。安馬は安治川部屋時代の四股名だった。
日馬富士公平氏は、第70代横綱として幕内優勝9回、生涯827勝という輝かしい記録を残した一方、2017年の貴ノ岩暴行問題によって現役生活に幕を下ろした。
その後は母国モンゴルに活動の軸を移し、2018年に新モンゴル日馬富士学園を開校。理事長として教育環境の整備に取り組み、大学院での研究、牧場経営、国内外の教育機関との交流へと活動を広げてきた。
2026年3月の秋田県立大学との連携協力協定は、その歩みを象徴する出来事だ。相撲で培った日本とのつながりを、次世代の教育や農業技術の交流へと発展させようとしている。
日馬富士の現在を理解するには、横綱時代の記録だけでも、暴行問題だけでも不十分だ。過去の功績と責任を正しく認識したうえで、引退後に築いてきた教育事業の実績と、これからの国際的な人材育成の成果を見ていく必要がある。
土俵を去ってから約9年。日馬富士公平氏が次世代の育成という新しい舞台でどのような成果を残すのか、今後も注目される。