本田真凜は引退したのか。結論から言えば、2024年1月にフィギュアスケートの女子シングル選手として現役引退を発表したものの、2026年には宇野昌磨とアイスダンスで競技に復帰している。2026年11月1日には東日本選手権で公式戦デビューを果たし、合計145.70点で4位に入った。つまり、シングル競技からは引退したが、フィギュアスケート選手としての挑戦は終わっていなかった。
2016年の世界ジュニア選手権優勝から、2024年の引退会見、プロスケーターとしての活動、そして宇野昌磨との新たな挑戦まで。本田真凜のキャリアには、競技人生の一区切りと新しい目標への再出発という二つの転換点がある。2026年11月現在の立場、引退理由の真相、初戦の結果、2030年冬季五輪への展望を時系列で整理する。
【結論】本田真凜は引退した?2026年現在は宇野昌磨と競技復帰

本田真凜の引退については、「2024年に引退した」という情報だけを見ると、現在は競技活動をしていないように受け取られやすい。しかし、2026年11月現在の状況は異なる。
2024年1月に終了したのは、女子シングルの選手としての競技生活だ。その後はプロスケーターとしてアイスショーなどに出演し、2026年には宇野昌磨とアイスダンスチームを結成。新たな種目で競技者として復帰した。
2026年5月22日、2人はアイスダンスで競技に挑戦することを正式発表した。日本オリンピック委員会(JOC)が紹介した共同通信の記事でも、両選手が現役復帰して五輪を目指すことが報じられている。
そして11月1日、群馬県前橋市のALSOKぐんまアイスアリーナで行われた東日本選手権のアイスダンスで公式戦デビュー。リズムダンスとフリーダンスを合わせて145.70点を獲得し、7組中4位となった。
この結果から分かるのは、本田真凜がスケートそのものを辞めたわけではないということだ。女子シングルの競技生活を終えた後、プロとして表現活動を続け、さらに別種目で競技の舞台へ戻ってきたのである。
したがって、2026年現在の本田真凜を正確に表現するなら、「女子シングルでは引退済み、アイスダンスでは現役選手として活動中」となる。
【引退理由の真相】2024年1月の引退会見で語った決断の背景
引退発表は2024年1月5日、会見は1月11日本田真凜が現役引退を発表したのは2024年1月5日。1月11日には東京都内で記者会見を開き、長年続けてきた競技生活を振り返った。
当時22歳だった本田は、明治大学4年生。2016年の世界ジュニア選手権優勝によって注目を集め、ジュニア時代から日本フィギュアスケート界の期待を背負ってきた選手だった。
会見では、競技生活を振り返り、次のように語っている。
「スケートが大好きなまま競技を終えることができた」
この言葉には、競技成績だけでなく、自分が納得できる形でスケート人生の一区切りを迎えたいという思いが表れている。日本オリンピック委員会の会見報道でも、本人は競技生活を幸せだったと振り返っている。
引退を決めた理由は大学4年生という節目引退理由を考えるうえで重要なのが、本人が会見で明かした決断のタイミングだ。
本田は、大学4年生のタイミングで競技の場を離れることを以前から考えていたと説明した。全日本選手権の前には、身体の状態も踏まえ、この大会が最後になる可能性を意識していたという。
ただし、すぐに競技を終えたわけではない。最後まで頑張りたいという気持ちがあり、最終シーズンまでリンクに立ち続けた。
右骨盤の故障も重なった最終シーズン2023年12月の全日本選手権は、本田にとって最後のシングル競技会となった。右骨盤を痛めた影響もあり、ショートプログラムでは28位という厳しい結果だった。
2016年に世界ジュニアを制し、華やかな演技で注目された選手にとって、最後の大会が理想的な結果にならなかったことは事実だ。しかし、引退の理由を故障だけに限定するのは正確ではない。
本人の説明を整理すると、大学卒業という人生の節目を見据えた以前からの考え、最終シーズンの身体的な負担、そして最後まで競技をやり切りたいという思いが重なった決断だった。
引退会見で本田は、これまでの人生を振り返り、スケートに関わるすべての人への感謝を伝えた。競技生活を否定して離れるのではなく、好きなスケートを続けるために活動の形を変える。その姿勢が、後のプロ転向につながっていく。
【経歴・年表】世界ジュニア優勝からプロスケーター、2026年復帰まで
本田真凜のキャリアを理解するには、ジュニア時代の成功、シニア転向後の苦闘、プロ転向、アイスダンスへの復帰を一続きの流れとして見る必要がある。
2016年世界ジュニア選手権で日本の頂点に本田が大きな注目を集めたのは2016年の世界ジュニア選手権だ。ショートプログラム2位からフリーで巻き返し、合計192.98点で優勝。初出場で世界ジュニア女王の座を獲得した。
翌2017年の同大会でも銀メダルを獲得。2016年の全日本選手権ではシニア選手を相手に4位に入り、若くして日本のトップ選手の一人として認知されるようになった。
しかし、2017~2018年シーズンからシニアに転向すると、ジュニア時代のように結果を残せない時期も経験する。それでも全日本選手権には9年連続で出場し、国内トップレベルの舞台に立ち続けた。
本田真凜の主なキャリアと転換点| 時期 | 人物・関係者 | 出来事・実績 |
|---|---|---|
| 2016年 | 本田真凜 | 世界ジュニア選手権優勝。合計192.98点を記録。 |
| 2017年 | 本田真凜 | 世界ジュニア選手権で2位を獲得。 |
| 2017~2018年 | 本田真凜 | シニアカテゴリーへ転向。 |
| 2023年12月 | 本田真凜 | 全日本選手権に出場。女子シングル最後の競技会となる。 |
| 2024年1月5日 | 本田真凜 | 女子シングルの現役引退を発表。 |
| 2024年1月11日 | 本田真凜 | 引退会見を開催。プロスケーターとして活動する意向を表明。 |
| 2024年10月ごろ | 本田真凜・宇野昌磨 | 2人でアイスダンスへの競技復帰を決断。 |
| 2025年6月 | 本田真凜・宇野昌磨 | アイスショー「Ice Brave」で2人の演技を披露。 |
| 2026年5月22日 | 本田真凜・宇野昌磨 | アイスダンスチーム結成と競技復帰を正式発表。2030年五輪を目標に掲げる。 |
| 2026年10月31日~11月1日 | 本田真凜・宇野昌磨 | 東日本選手権で公式戦デビュー。合計145.70点で4位。 |
2024年1月の引退会見で本田が示したのは、スケートから離れることではなく、プロスケーターとして演技を届け続ける道だった。
同月19日に出演したアイスショーから、プロスケーターとしての活動を本格化。プリンスアイスワールドやBIS F25などのアイスショーに出演した。
また、2023年夏には漫画『ONE PIECE』を題材にしたアイスショー「ワンピース・オン・アイス」でネフェルタリ・ビビ役を務めた。セリフに合わせて滑るという、従来の競技とは異なる表現にも挑戦している。
さらに2025年6月には、宇野昌磨がプロデュースするアイスショー「Ice Brave」に出演。音楽や振り付け、演技全体を通じて観客を楽しませるプロとしての経験を積んだ。
競技では順位や技術点が評価の中心になる。一方、アイスショーでは音楽との一体感や表現力、観客への伝達力も大きな意味を持つ。本田はプロ活動を通じて、競技時代とは異なるスケートの魅力を追求してきた。
【宇野昌磨との関係】2026年にアイスダンスで現役復帰した理由
競技復帰を決めたのは2024年10月ごろ本田真凜と宇野昌磨がアイスダンスへの挑戦を決めたのは、2026年5月の発表から約1年半前にあたる2024年10月ごろだった。
2026年5月22日の共同会見で宇野は、2人で決断した時期と、それまでアイスダンスに真剣に取り組んできた経緯を説明。本田も新シーズンから選手として大会に出場するため、準備を進めてきたと語った。
注目したいのは、2人が引退後すぐに思いつきで競技復帰を発表したわけではない点だ。2024年10月ごろから準備を進め、2026-2027シーズンを本格的な競技参加の時期に設定している。
なぜ女子シングルではなくアイスダンスなのか本田と宇野が選んだのは、個人でジャンプやスピンの完成度を競うシングルとは異なり、男女ペアの動きや表現の調和を重視するアイスダンスだ。
アイスダンスでは、リズムダンスとフリーダンスの2種目を滑る。ツイズルやステップ、リフトなど、パートナーとのタイミングや身体の連動が求められる技術が演技の重要な要素となる。
本田はシングル時代から表現力に定評があり、宇野は世界選手権2連覇や冬季五輪でのメダル獲得経験を持つ。異なる競技経験を持つ2人が、これまで培ったスケーティングや音楽表現を新しい種目に生かそうとしている。
もっとも、シングルで実績を残した選手同士だからといって、アイスダンスでもすぐにトップレベルに到達できるわけではない。ペアとしての連携、競技特有の技術、採点基準への対応など、別の競技として習得すべき課題がある。
2人が掲げる目標は2030年冬季五輪2026年5月22日の会見で、2人は目標を明確にした。
「2030年のオリンピックに出場することです」
これは単なるアイスショーの新企画ではなく、競技者として再び世界を目指すという意思表示だった。
2030年冬季五輪はフランス・アルプス地域で開催される大会だ。宇野は過去の五輪を経験しているからこそ、短期間での出場ではなく、4年後を見据えて本格的に競技へ取り組む考えを示した。
2人のチーム名は「しょまりん」。宇野昌磨と本田真凜の名前を組み合わせた愛称で、2026年シーズンから競技の舞台に立つことになった。
なお、2030年五輪出場は2人が掲げる目標であり、現時点で出場が確定しているわけではない。国内外の競技会で実績を積み、代表選考につながる結果を残す必要がある。
【2026年11月の初戦結果】東日本選手権4位・145.70点を詳しく検証
10月31日にリズムダンスで公式戦デビュー本田真凜と宇野昌磨が初めて公式戦に出場したのは、2026年10月31日に群馬県前橋市のALSOKぐんまアイスアリーナで始まった東日本選手権だ。
この大会は全日本選手権の予選会を兼ねており、アイスダンスではリズムダンスとフリーダンスの2種目で順位を争った。
10月31日のリズムダンスでは「ポエタ」を披露。初めての公式戦で58.68点を獲得し、出場7組中4位につけた。
11月1日のフリーダンスは87.02点翌11月1日のフリーダンスでは「四季」を演じた。宇野が鳥、本田が花を表現する構成で、季節の移り変わりを描くプログラムとなった。
フリーダンスの得点は87.02点。前日のリズムダンスと合わせた合計は145.70点で総合4位だった。
日本オリンピック委員会が紹介した共同通信の報道やTBS NEWS DIGの競技結果によると、優勝は吉田唄菜・森田真沙也組で175.82点。櫛田育良・島田高志郎組が165.53点で2位、紀平梨花・西山真瑚組が165.32点で3位だった。
本田・宇野組は2種目を滑り切り、全日本選手権への出場権を獲得。公式戦デビューを終えた時点で、次の大舞台への切符も手にした。
145.70点という結果をどう評価するべきか初戦の結果を評価する際には、順位だけでなく、競技経験の差や演技の完成度にも目を向けたい。
優勝した吉田・森田組との得点差は30.12点。2位の櫛田・島田組とは19.83点、3位の紀平・西山組とは19.62点の差があった。
数字だけを見れば、上位組との間にはまだ開きがある。ただし、本田・宇野組は今季から本格的にアイスダンスの公式戦へ参加した新しいチームだ。初戦の順位だけで、2030年までの成長可能性を判断することはできない。
日刊スポーツの競技報道によると、フリーダンスでは3つのリフトすべてで最高評価のレベル4を獲得した。リフトはアイスダンスの見せ場の一つであり、技術面で一定の成果を示した点は注目に値する。
一方、初戦で4位だったことを、そのまま日本代表や五輪出場に近づいた証拠と受け取るのも早計だ。今回の結果が示したのは、まず全日本選手権へ進む資格を得たこと、そして公式戦で改善すべき課題が見え始めたことだ。
【2030年冬季五輪への展望】本田真凜と宇野昌磨に残された課題
本田真凜と宇野昌磨が目指す2030年冬季五輪までには、競技者として積み上げるべき実績がある。
シングルの実績とアイスダンスの実力は別物本田には2016年世界ジュニア選手権優勝という実績があり、宇野には世界選手権2連覇や五輪メダルという輝かしい経歴がある。しかし、アイスダンスで求められる能力は、シングルの実績だけでは測れない。
特に重要なのは、2人が一組としてどれだけ完成度を高められるかという点だ。個々のスケーティング技術に加えて、動きの同期、エッジワーク、リズムの表現、リフトやツイズルの安定性など、ペアとしての総合力が問われる。
競技会では、観客を魅了する演技であっても、技術要素の実施や採点基準への適合が十分でなければ得点につながらない。プロのアイスショーで培った表現力を、競技で評価される技術へ変換できるかがポイントになる。
2026年12月の全日本選手権が次の重要な舞台2026年11月1日の東日本選手権で4位に入り、本田・宇野組は全日本選手権の出場権を獲得した。
全日本選手権は2026年12月24日から27日まで、大阪の東和薬品RACTABドームで開催される予定と報じられている。東日本選手権の初戦で見えた課題を、次の大会までにどこまで改善できるかが焦点となる。
とりわけ注目したいのは、初戦で評価されたリフトなどの技術要素を維持しながら、プログラム全体の完成度や演技構成点につながる表現をどこまで高められるかという点だ。
2030年五輪出場は目標であり、これから実績を積む段階2030年五輪を目指すという発表は大きな話題になったが、目標の宣言と実際の代表入りは別の問題だ。
五輪出場を実現するには、国内での競争だけでなく、国際大会での成績や日本の代表選考、国際スケート連盟が定める出場資格など、複数の条件をクリアしなければならない。
2026年11月の145.70点は、アイスダンスでの公式戦キャリアの出発点だ。ここから国際レベルの競技力を身につけ、2030年までにどこまで成長できるかが本当の勝負になる。
本田真凜の挑戦が興味深いのは、一度競技生活に区切りをつけた選手が、プロとして経験を積んだ後に、異なる種目で再び五輪という目標を掲げていることだ。過去の実績だけではなく、新しい競技でどのような選手になっていくのかが、今後の注目点となる。
【本田真凜の引退】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:本田真凜は2026年現在も引退したままですか?
A1:女子シングルでは2024年1月に引退していますが、2026年には宇野昌磨とアイスダンスで現役復帰しました。11月1日に公式戦デビューを果たしています。
Q2:本田真凜が引退した理由は何ですか?
A2:本人は大学4年生のタイミングで競技を離れることを以前から考えていたと説明しています。最終シーズンには右骨盤の故障もありましたが、引退は大学卒業という節目も踏まえた決断でした。
Q3:本田真凜と宇野昌磨はいつからアイスダンスを始めたのですか?
A3:2人は2024年10月ごろに競技復帰を決断し、準備を進めました。2026年5月22日にアイスダンスチーム結成を正式発表し、同年10月31日に公式戦デビューしました。
Q4:本田真凜と宇野昌磨のアイスダンス初戦の順位と得点は?
A4:2026年11月1日の東日本選手権で合計145.70点を獲得し、7組中4位でした。リズムダンス58.68点、フリーダンス87.02点です。
Q5:本田真凜と宇野昌磨は2030年冬季五輪に出場するのですか?
A5:2人は2030年冬季五輪への出場を目標に掲げています。ただし、現時点では目標であり、代表入りや五輪出場が確定しているわけではありません。
Q6:本田真凜は引退後、どのような活動をしていましたか?
A6:プロスケーターとしてプリンスアイスワールドやBIS F25などのアイスショーに出演。「ワンピース・オン・アイス」ではネフェルタリ・ビビ役を務め、2025年には宇野昌磨プロデュースの「Ice Brave」にも出演しました。
Q7:本田真凜は世界ジュニア選手権で優勝したことがありますか?
A7:あります。2016年の世界ジュニア選手権で合計192.98点を記録して優勝しました。2017年には同大会で2位に入っています。
本田真凜は2024年1月、女子シングルの現役選手としての活動に区切りをつけた。大学4年生という節目を見据えた決断であり、最終シーズンには身体的な問題も抱えていた。
しかし、引退後もプロスケーターとしてアイスショーに出演し、スケートを続けてきた。そして2024年10月ごろ、宇野昌磨とともにアイスダンスへの挑戦を決断。2026年5月に競技復帰を正式発表し、11月1日の公式戦デビューでは145.70点の4位という結果を残した。
今回の初戦で全日本選手権への出場権を獲得したことは、新しい競技人生における最初の成果だ。一方、2030年冬季五輪への道はまだ始まったばかりであり、今後の技術向上と競技実績の積み重ねが欠かせない。
【プロの結論】
本田真凜の引退をめぐる情報で最も大切なのは、「引退」と「スケート活動の終了」を同じ意味で捉えないことだ。2024年に終わったのは女子シングルの競技生活であり、プロとしての活動も、2026年からのアイスダンスでの競技生活も、その後に続いている。
また、145.70点での初戦4位は、五輪出場を保証する結果ではない。しかし、公式戦で2種目を滑り切り、全日本選手権への切符を獲得したことは、新しい挑戦の具体的な第一歩だ。
2016年の世界ジュニア女王が、2026年には宇野昌磨と新しい種目に挑み、2030年の五輪を目指す。過去の栄光にとどまらず、競技人生を自分の意思で再構築していく本田真凜の今後は、フィギュアスケート界における新しい挑戦の一つとして注目される。
2026年12月の全日本選手権で、2人が初戦からどのような成長を見せるのか。ここからの演技と得点の変化が、2030年への道筋を占う重要な材料となる。
主な事実確認資料: 日本オリンピック委員会(2024年1月11日、2026年5月22日、2026年11月1日)、日刊スポーツ(引退会見・競技結果)、TBS NEWS DIG(2026年11月1日)、朝日新聞社「4years.」、フジテレビ「世界ジュニア選手権2016」結果、ワールド・フィギュアスケートWeb。