横浜銀蝿のメインボーカルとして知られる翔(しょう)さんは、1980年代の日本のロックンロールシーンを代表するミュージシャンの一人です。1980年9月21日に「横須賀Baby」とアルバム『ぶっちぎり』でデビューし、リーゼントやツッパリ文化を取り入れた独自のスタイルで一世を風靡しました。1958年6月8日生まれで、2026年11月現在68歳。現在もT.C.R.横浜銀蝿R.S.のボーカル・ギターとして音楽活動を続けています。
翔さんの歩みには、1983年の解散、1985年からのソロ活動、1998年の再結成、2020年のデビュー40周年プロジェクトなど、いくつもの転換点があります。2026年には全国ツアー「It's Only Rock'n Roll 集会 2026 KEEP ROLLING ~時代を超えて~」を展開し、11月2日には2027年の新たなライブ企画と音源リリースも発表されました。
【プロフィール】横浜銀蝿の翔はどんな人物?生年月日・年齢・基本情報

翔さんは、横浜銀蝿のオリジナルメンバーであり、ボーカルとギターを担当するミュージシャンです。
所属する嵐レコードのプロフィールと横浜銀蝿の公式サイトでは、生年月日や出身地、趣味などが紹介されています。
翔のプロフィール一覧| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 芸名 | 翔(しょう) |
| 生年月日 | 1958年6月8日 |
| 年齢 | 68歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 神奈川県横浜市 |
| 身長 | 170cm |
| 血液型 | B型 |
| 所属バンド | T.C.R.横浜銀蝿R.S. |
| 担当 | ボーカル・ギター |
| 趣味 | 車、バイク、食べ歩き |
| 特技 | 料理 |
| 資格 | 調理師免許 |
出典:横浜銀蝿オフィシャルサイト、嵐レコード公式プロフィール。
2026年現在の年齢は68歳翔さんは1958年6月8日生まれです。
2026年6月8日に68歳の誕生日を迎えており、同年11月現在も68歳です。
年齢を確認する際に注意したいのは、2026年の誕生日をすでに迎えているという点です。1958年生まれという情報だけで67歳と計算するのは誤りになります。
車やバイク、料理を楽しむ素顔公式プロフィールで目を引くのが、車やバイクへの強い関心です。
翔さんは改造を趣味としており、車好きが高じて車屋を経営していた経験も紹介されています。
また、食べ歩きも趣味の一つ。食べたことのない料理を求めて出かけることが好きだと公式プロフィールに記されています。
意外に感じられるのが料理の腕前です。調理師免許を持っていることも公表されています。
ステージではロックンロールの力強いイメージが際立ちますが、こうした趣味からは、音楽以外にも幅広い関心を持つ人物像がうかがえます。
【若い頃からデビューまで】横浜銀蝿を全国区に押し上げた1980年代
翔さんの名前を語るうえで欠かせないのが、横浜銀蝿の初期活動です。
横浜銀蝿は1979年9月21日に正式結成されました。メンバーは嵐、翔、Johnny、TAKUの4人です。
当時の日本の音楽シーンでは、ロックンロールに不良文化やバイク文化を組み合わせた独特のスタイルが強い存在感を放ちました。
横浜銀蝿は、その象徴的な存在として支持を集めていきます。
1980年9月21日「横須賀Baby」でデビュー横浜銀蝿のデビュー日は1980年9月21日です。
キングレコードからシングル「横須賀Baby」とアルバム『ぶっちぎり』を同時発売しました。
翔さんはメインボーカルとギターを担当。特徴的な歌声とステージパフォーマンスによって、バンドの顔として存在感を示しました。
続いて「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)」などの楽曲が広く知られるようになり、横浜銀蝿の人気は急速に拡大します。
1981年には日本武道館で初のコンサートを開催。1982年にも複数回の日本武道館公演を成功させました。
加えて、1982年12月31日には銀蝿一家として日本レコード大賞特別賞を受賞しています。
若い頃の翔が担った役割横浜銀蝿の魅力は、単に楽曲がヒットしたことだけではありません。
当時の若者文化とロックンロールを結びつけた表現力も大きな特徴でした。
翔さんはボーカル・ギターとして、楽曲の中心を担いました。
特に、メンバー全員の個性を前面に押し出すバンドスタイルの中で、歌を通して横浜銀蝿の世界観を伝える役割を果たしていました。
また、1981年にはTBSラジオの「パック・イン・ミュージック」でDJを担当するなど、音楽活動以外でも活躍しています。
テレビ、ラジオ、映画などに活動の場を広げたことも、横浜銀蝿が幅広い層に知られるようになった理由の一つです。
【経歴・年表】翔のデビューから再結成、2026年までの歩み
翔さんのキャリアは、横浜銀蝿の活動だけでは説明できません。
バンド解散後のソロ活動、再結成、オリジナルメンバーの復帰、そして現在の全国ツアーまで、時代ごとに活動の形を変えてきました。
主な出来事を時系列で整理します。
| 年・時期 | 出来事 | 内容 |
|---|---|---|
| 1958年 | 誕生 | 6月8日、横浜市生まれ |
| 1979年 | バンド正式結成 | 9月21日、横浜銀蝿を結成 |
| 1980年 | メジャーデビュー | 「横須賀Baby」「ぶっちぎり」を同時発売 |
| 1981年 | 武道館公演 | 初の日本武道館コンサート |
| 1982年 | 人気拡大 | 武道館公演、レコード大賞特別賞 |
| 1983年 | 解散 | 12月31日に活動終了 |
| 1985年 | ソロ活動開始 | 9月からソロアーティストとして活動 |
| 1998年 | 再結成 | 嵐、翔、TAKUの3人で復活 |
| 2002年 | 再始動 | 横浜銀蝿R.S. RETURNSとして活動 |
| 2018年 | 還暦記念ライブ | 60歳60曲コンサートを開催 |
| 2020年 | 40周年プロジェクト | 横浜銀蝿40thとして活動 |
| 2021年 | 40th終了 | 12月31日に活動終了 |
| 2022年 | 嵐が逝去 | 7月4日、67歳で永眠 |
| 2023年 | Johnnyが復帰 | オリジナルメンバーによる活動を再開 |
| 2025年 | 45周年 | 記念ライブや関連企画を展開 |
| 2026年 | 全国ツアー | KEEP ROLLINGを開催 |
出典:横浜銀蝿オフィシャルサイトのBIOGRAPHY。
1983年の解散と1985年のソロ活動開始1983年12月31日、横浜銀蝿は活動を終了しました。
人気絶頂期の解散は、当時のファンにとって大きな出来事でした。
その後、翔さんは1985年9月からソロ活動を開始します。
ソロ名義では「Baby Cat」「涙をぶっちぎれ」「一天地六のロックンローラー」などのシングルを発表。アルバム『THE KING OF ROCK'NROLL』などもリリースしています。
バンド時代のイメージを引き継ぎながらも、個人のアーティストとして表現の幅を広げていきました。
1998年に嵐・TAKUと再結成1998年1月1日、翔さんは嵐さん、TAKUさんとともに横浜銀蝿として再始動しました。
シングル「RUNNING DOG」とアルバム『ぶっちぎりVII』をリリースし、バンドとしての活動を再開しています。
2002年には「THE CRAZY RIDER 横浜銀蝿 ROLLING SPECIAL RETURNS」として再び活動を開始しました。
この再結成は、横浜銀蝿が過去のヒット曲を懐かしむだけの存在ではなく、現役の音楽グループとして活動を続けていく転機になりました。
【ソロ活動とメンバーの関係】翔・嵐・Johnny・TAKUの絆
横浜銀蝿の歴史を理解するには、翔さんだけでなく、オリジナルメンバーの関係性も知っておきたいところです。
それぞれが異なる役割を担い、バンドの音楽性を形づくってきました。
T.C.R.横浜銀蝿R.S.のメンバー| メンバー | 担当 | 主な役割・情報 |
|---|---|---|
| 嵐(ヨシユキ) | ドラム | オリジナルメンバー、リーダー。2022年7月4日逝去 |
| 翔 | ボーカル・ギター | メインボーカル。1958年6月8日生まれ |
| Johnny | ギター・ボーカル | オリジナルメンバー。2023年に復帰を発表 |
| TAKU | ベース・ボーカル | オリジナルメンバー |
| Jack | ギター | サポートメンバー |
| 藤崎涼 | ドラム | 2026年公演の出演メンバー |
※2026年の公演では、ピアノの鳥居祐美さんが一部出演する編成も案内されています。
翔と嵐ヨシユキの関係嵐さんは横浜銀蝿のリーダーを務めた人物で、本名は田宮淑行さんです。
2022年7月4日、療養中だった嵐さんは肺炎のため67歳で亡くなりました。
横浜銀蝿の公式発表では、翔さんが嵐さんへの追悼コメントを公表しています。
翔さんは、嵐さんとの別れを惜しみながら、長年一緒にステージに立ってきた仲間への感謝を表しました。
また、Johnnyさんの公式コメントでは、17歳のときに翔さんの親友の兄として嵐さんと出会った経緯が語られています。
つまり、嵐さんと翔さんの関係は、単なる仕事上のバンドメンバーという枠を超えた、長年の仲間としてのつながりがあったことが分かります。
JohnnyとTAKUが支える現在の横浜銀蝿Johnnyさんは1958年5月9日生まれのオリジナルメンバーです。
2020年の40周年プロジェクトで期間限定復帰し、2021年末に同プロジェクトが終了。その後、2023年秋から再び横浜銀蝿の活動に加わることが発表されました。
TAKUさんはベースとボーカルを担当するメンバーで、翔さんとともにバンドを支えています。
現在のT.C.R.横浜銀蝿R.S.は、オリジナルメンバーの歴史を受け継ぎながら、サポートメンバーとともにステージを展開する体制です。
翔のソロ活動は現在も重要なキャリア翔さんのソロ活動は、1985年のスタート以降、音楽だけにとどまりません。
嵐レコードの公式プロフィールには、作詞・作曲・編曲、サウンドプロデュース、ナレーション、司会、俳優、ラジオパーソナリティーなどの活動領域が掲載されています。
また、映画やアニメへの出演歴もあります。
例えば、1986年のアニメ『湘南爆走族』では江口洋助役を担当し、1987年の実写映画『湘南爆走族』では権田二毛作役を務めています。
こうした経歴からも、翔さんが単なるバンドのボーカリストではなく、幅広い分野で活動してきた表現者であることが分かります。
翔の公式ブログはある?翔さんには、嵐レコードの公式プロフィールで紹介されているオフィシャルブログ「It's show time!」があります。
本人の近況や活動情報を知りたい場合は、ブログや横浜銀蝿の公式サイトに掲載されるニュース、ライブ情報を確認する方法があります。
ただし、ブログの存在と最新の更新状況は別の情報です。現在の出演予定については、公式サイトの最新告知を優先するのが確実です。
【2026年最新】横浜銀蝿のライブ活動と2027年の新展開
2026年の横浜銀蝿は、全国ツアー「It's Only Rock'n Roll 集会 2026 KEEP ROLLING ~時代を超えて~」を開催しました。
2026年5月10日に公式サイトでツアー日程が発表され、7月から9月にかけて各地を巡る内容となりました。
2026年全国ツアーの日程| 日程 | 会場 | 地域 |
|---|---|---|
| 7月26日 | 新潟LOTS | 新潟 |
| 8月1日 | 大阪BIGCAT | 大阪 |
| 8月2日 | 京都FANJ | 京都 |
| 8月23日 | 札幌PENNY LANE 24 | 北海道 |
| 8月29日 | 名古屋DIAMOND HALL | 愛知 |
| 8月30日 | LIVE ROXY SHIZUOKA | 静岡 |
| 9月5日 | 福岡DRUM LOGOS | 福岡 |
| 9月6日 | 広島LIVE VANQUISH | 広島 |
| 9月21日 | KT Zepp Yokohama | 神奈川・中止延期 |
| 11月2日 | KT Zepp Yokohama | 9月21日の振替日程 |
出典:横浜銀蝿オフィシャルサイト、2026年ツアー告知・振替公演案内。
9月21日のファイナル公演は台風の影響で延期2026年のツアーファイナルとして当初予定されていたのは、9月21日のKT Zepp Yokohama公演でした。
しかし、台風25号の接近による影響を受け、9月20日に公演の中止・延期が発表されました。
その後、9月29日に公式サイトで振替日程が告知され、2026年11月2日、KT Zepp Yokohama、開場18時15分・開演19時という新たなスケジュールが設定されました。
当初の公演とは開場・開演時間が変更され、旧公演のチケットは振替公演でも有効と案内されました。
このように、2026年のツアーファイナルは当初の予定から変更を経て実施日程が組み直されています。
翔68歳のバースデーライブも開催2026年6月7日には「横浜銀蝿PRESENTS 翔 68th BIRTHDAY LIVE ~飛翔無限~」がBLAZE GOTANDAで開催されました。
公演は昼と夕方の2部構成で案内されており、翔さん個人に焦点を当てたライブ企画です。
バンドとしての全国ツアーだけでなく、個人名義の記念ライブも開催されていることから、翔さんの活動がグループとソロの両面に広がっていることが分かります。
2027年は「横浜銀蝿楽団」として新たな挑戦2026年11月2日、横浜銀蝿の公式サイトは2027年の新企画を発表しました。
注目されるのが、「Valentine Dream 2027 横浜銀蝿楽団編」です。
公式発表によると、バイオリンや管楽器を取り入れ、従来のロックンロールとオーケストラサウンドを融合させる特別なステージとなります。
| 項目 | 発表内容 |
|---|---|
| 公演名 | Valentine Dream 2027 横浜銀蝿楽団編 |
| 開催日 | 2027年2月20日(土) |
| 会場 | yokohama LANDMARK HALL |
| 第1部 | 14時30分開場・15時開演 |
| 第2部 | 17時30分開場・18時開演 |
| 料金 | 全席指定11,000円(税込・ドリンク代別) |
加えて、2027年1月12日にはデジタルシングル「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)銀蝿交響楽団ノ巻」、2月17日にはリマスターアルバム『ツッパリHigh School Rock'n Roll 総集編』の発売も発表されています。
1980年代に生まれた代表曲を、オーケストラアレンジという新たな形で届ける試みです。
長年のファンにとっては懐かしさを感じられる一方、若い世代には新鮮な音楽体験となる可能性があります。
【誤解を解消】横浜銀蝿の翔について知っておきたいポイント
翔さんについて調べる際には、いくつか混同しやすい情報があります。
翔とJohnnyは同じ人物ではない翔さんとJohnnyさんは、ともにボーカルを担当することがあるため、情報が混同されることがあります。
しかし、2人は別々のオリジナルメンバーです。
- 翔:1958年6月8日生まれ、ボーカル・ギター
- Johnny:1958年5月9日生まれ、ギター・ボーカル
生年月日も担当も異なります。
横浜銀蝿は1983年に解散した後も活動している1983年12月31日に最初の横浜銀蝿は解散しました。
しかし、1998年には嵐・翔・TAKUの3人で再結成し、その後も活動形態を変えながら再始動しています。
2020年の40周年プロジェクト、2023年のJohnny復帰など、バンドの歴史は一度の解散で終わったわけではありません。
嵐は現在のメンバーとして活動しているわけではない嵐さんは2022年7月4日に67歳で亡くなっています。
現在のライブ編成では、翔・Johnny・TAKUを中心に、Jackや藤崎涼などのサポートメンバーが参加しています。
この点は、昔の映像や過去のメンバー紹介を見る際に注意したいポイントです。
【よくある質問】横浜銀蝿の翔に関するFAQ
Q1:横浜銀蝿の翔は2026年現在何歳ですか?
A1:1958年6月8日生まれで、2026年11月現在68歳です。
Q2:翔の本名は公表されていますか?
A2:公式プロフィールでは芸名の翔として紹介されています。今回確認した公式プロフィールには本名の記載はありません。
Q3:横浜銀蝿の翔はいつデビューしましたか?
A3:1980年9月21日です。シングル「横須賀Baby」とアルバム『ぶっちぎり』の同時発売でデビューしました。
Q4:翔はいつからソロ活動を始めましたか?
A4:1985年9月からです。音楽活動のほか、俳優、声優、ラジオパーソナリティーなど幅広い分野で活動してきました。
Q5:翔は現在も横浜銀蝿のメンバーですか?
A5:はい。T.C.R.横浜銀蝿R.S.のボーカル・ギターとして活動しています。
Q6:横浜銀蝿のリーダー嵐は現在どうしていますか?
A6:嵐ヨシユキさんは2022年7月4日に肺炎のため67歳で亡くなりました。現在は翔さんらがその思いを受け継いで活動しています。
Q7:横浜銀蝿の2026年ツアーファイナルはいつでしたか?
A7:当初は2026年9月21日に予定されていましたが、台風25号の影響で延期され、11月2日にKT Zepp Yokohamaでの振替公演が設定されました。
横浜銀蝿の翔さんは、1958年6月8日生まれの68歳。1980年のデビュー以来、日本のロックンロールシーンで独自の存在感を築いてきました。
1983年の解散後も1985年からソロ活動を続け、1998年の再結成、2020年の40周年プロジェクト、2023年のJohnny復帰など、バンドの歴史をつないできました。
2026年には全国ツアーや翔さん自身の68歳バースデーライブを開催。さらに11月2日には、2027年の横浜銀蝿楽団による特別公演や新作音源のリリースも発表されています。
翔さんのキャリアを振り返ると、注目すべきなのはデビュー当時の人気だけではありません。バンドの解散やメンバーとの別れを経験しながらも、音楽活動を継続してきたことです。
1980年に始まった横浜銀蝿のロックンロールは、2026年も新しい形で続いています。
今後は2027年の横浜銀蝿楽団のステージをはじめ、翔さんがどのような音楽表現を見せるのかにも期待が集まります。
主な参照資料:横浜銀蝿オフィシャルサイト「BIOGRAPHY」「NEWS」「LIVE/EVENT」、嵐レコード公式プロフィール、KING RECORDS ARTISTS公演情報。