石神深一騎手の引退は、突然の発表として競馬ファンに受け止められました。しかし、本人の説明をたどると、そこには騎手としての仕事に対する厳しい自己評価がありました。
2026年4月8日、JRAが引退を正式発表。同日、石神騎手は報道陣に対して引退を決断した経緯を明かしています。
本人が語った3つの引退理由1.騎乗内容に納得できなくなっていた
本人によると、2025年末ごろからレース後に映像を見返した際、自分の騎乗がうまくできていないと感じることが増えていました。
トップレベルの障害騎手として長年結果を残してきたからこそ、自分の騎乗に対する評価も厳しかったと考えられます。
2.2025年の勝利数が目標に届かなかった
2025年の目標は年間10勝。しかし、実際には7勝にとどまりました。
加えて、2025年夏以降は勝利から遠ざかり、2026年に入ってからも思うような成績を残せなかったといいます。
3.騎手としての情熱に変化が生じた
日刊スポーツの取材で、石神騎手は次のように語っています。
「燃えたぎるものが薄まってきた」
この言葉が、引退を決めた心境を端的に表しています。
単に勝てなくなったから辞めたというよりも、自分が理想とする騎乗を続けられるのか、騎手として以前と同じ熱量を持ち続けられるのかを考えた末の決断でした。
引退後の進路を決めた柄崎将寿調教師との関係もう一つ重要なのが、引退後の受け入れ先となった柄崎将寿調教師の存在です。
2人は幼稚園時代からの幼なじみで、JRA競馬学校17期の同期でもあります。長年にわたって競馬の世界をともに歩んできた関係です。
柄崎調教師は、厩舎の助手が少ないことを理由に石神騎手を誘い、本人が希望する時期まで待つ姿勢を示しました。
石神騎手にとって、これまでの経験を生かしながら新しい仕事に挑戦できる環境だったことが、転身の決め手になったとみられます。
【経歴・年表】石神深一のプロフィールと騎手人生を振り返る

石神深一(いしがみ・しんいち)
- 生年月日:1982年6月3日
- 出身地:茨城県
- 騎手免許取得:2001年
- デビュー:2001年3月
- 主な所属:美浦
- 得意分野:障害競走
- 引退:2026年4月30日
- 引退後:柄崎将寿厩舎の調教助手
石神深一は2001年に騎手デビューしました。当初は平地競走にも騎乗していましたが、2007年ごろから障害競走を主戦場とし、徐々に障害レースで存在感を高めていきます。
石神深一の主な経歴と転換点| 時期 | 出来事 | 主な実績・意味 |
|---|---|---|
| 1982年 | 茨城県で誕生 | 6月3日生まれ |
| 2001年 | 騎手デビュー | 3月3日に初騎乗、3月31日に初勝利 |
| 2007年 | 障害競走に進出 | 障害を主戦場にする |
| 2008年 | 障害初勝利 | マイネルハーバードで勝利 |
| 2016年 | オジュウチョウサンとの活躍が本格化 | 中山グランドジャンプ初制覇 |
| 2016~2020年 | 中山グランドジャンプ5連覇 | 前人未到の記録を達成 |
| 2022年 | 障害重賞完全制覇 | アサクサゲンキで小倉サマージャンプを勝利 |
| 2026年4月8日 | 引退発表 | JRAが正式発表 |
| 2026年4月26日 | 最終騎乗 | 京都4Rで7着 |
| 2026年4月30日 | 騎手引退 | 騎手免許取り消し |
| 2026年5月以降 | 調教助手へ転身 | 柄崎将寿厩舎で勤務 |
石神騎手が障害競走で評価を高めた理由は、単に勝利数が多かったからではありません。
障害競走では、飛越の技術だけでなく、馬の状態を把握する能力、障害への進入タイミング、レース全体の流れを読む判断力などが大切です。
平地競走とは異なる技術が必要であり、騎手と馬の呼吸が結果を左右する場面も少なくありません。
石神騎手は、こうした障害競走特有の技術を磨き、オジュウチョウサンとのコンビでその能力を大きく開花させました。
また、2017年、2022年、2023年にはJRAの最優秀障害騎手に選出されています。3度の受賞は、長期にわたって障害競馬の第一線で活躍した証しです。
【オジュウチョウサン】主戦騎手として中山グランドジャンプ5連覇を達成
石神深一を語るうえで欠かせない存在が、障害競走の絶対王者として知られたオジュウチョウサンです。
石神騎手は同馬の主戦騎手を務め、数々の大レースを制しました。特に象徴的なのが、中山グランドジャンプの5連覇です。
2016年から2020年まで続いた5連覇オジュウチョウサンと石神騎手は、2016年から2020年まで中山グランドジャンプを5年連続で制覇しました。
| 年 | レース | 勝利した馬 |
|---|---|---|
| 2016年 | 中山グランドジャンプ | オジュウチョウサン |
| 2017年 | 中山グランドジャンプ | オジュウチョウサン |
| 2018年 | 中山グランドジャンプ | オジュウチョウサン |
| 2019年 | 中山グランドジャンプ | オジュウチョウサン |
| 2020年 | 中山グランドジャンプ | オジュウチョウサン |
この5連覇は、同レースにおける歴史的な記録です。
JRAの2020年公式レース記録でも、石神騎手が同レースで5勝目を挙げたことが確認できます。
オジュウチョウサンとのコンビでJ・GⅠ9勝オジュウチョウサンが獲得したJ・GⅠは通算9勝。
そのうち5勝が中山グランドジャンプで、残る勝利には中山大障害も含まれます。
石神騎手とのコンビは、障害競馬の歴史を語るうえで欠かせない存在となりました。
特に注目したいのは、2016年から2020年の5連覇だけでなく、2022年にも中山グランドジャンプを制していることです。
石神騎手自身も、引退発表時の取材で最も印象に残るレースとして、オジュウチョウサンが最後に勝利した2022年の中山グランドジャンプを挙げました。
高齢になって衰えが見え始めた同馬が再び勝利したことについて、石神騎手は馬の復活と、自分がうまく導けたことへの思いを語っています。
このエピソードからも、オジュウチョウサンが単なる騎乗馬ではなく、騎手人生を象徴する存在だったことが伝わります。
【J・GⅠ11勝・障害重賞完全制覇】石神深一が残した歴史的記録
石神深一の功績は、オジュウチョウサンとの活躍だけにとどまりません。
JRA公式発表によると、引退時点での重賞勝利数は26勝、うちJ・GⅠ11勝です。
J・GⅠ11勝を構成する代表的な勝利J・GⅠ11勝の内訳を整理すると、次のようになります。
| 騎乗馬 | 主な勝利 | J・GⅠ勝利数 |
|---|---|---|
| オジュウチョウサン | 中山グランドジャンプ、中山大障害 | 9勝 |
| ニホンピロバロン | 2018年中山大障害 | 1勝 |
| マイネルグロン | 2023年中山大障害 | 1勝 |
| 合計 | 11勝 |
この内訳から分かるのは、石神騎手が一頭の名馬に依存していたわけではないということです。
オジュウチョウサンとのコンビで9勝を挙げた一方、ニホンピロバロンやマイネルグロンでも中山大障害を制しています。
異なる馬の能力を引き出し、障害GⅠの大舞台で結果を残したことが、石神騎手の技術を裏付けています。
史上初のJRA障害重賞完全制覇もう一つの大きな功績が、JRA障害重賞完全制覇です。
2022年8月27日、石神騎手はアサクサゲンキに騎乗し、小倉サマージャンプを勝利しました。
この勝利によって、当時JRAで実施されていた障害重賞の全競走を制覇。加えて、障害重賞が通常開催される6競馬場すべてで勝利する「障害重賞全場制覇」も達成しました。
その6競馬場は以下のとおりです。
- 中山競馬場
- 東京競馬場
- 新潟競馬場
- 京都競馬場
- 阪神競馬場
- 小倉競馬場
通常は障害重賞が行われない中京競馬場でも、開催場変更による障害重賞を勝利しており、7競馬場での勝利も記録しています。
ラジオNIKKEIの競馬実況webも、2022年8月27日の小倉サマージャンプ勝利を、JRA障害重賞完全制覇の達成として報じました。
26回の重賞勝利が示す総合力JRAの引退発表には、石神騎手が勝利した重賞26競走と騎乗馬が掲載されています。
そこにはオジュウチョウサンだけでなく、トゥルボー、タガノエスプレッソ、アサクサゲンキ、マイネルグロンなどの名前もあります。
障害競馬の異なる舞台で結果を残してきたことは、石神騎手の評価をオジュウチョウサンとのコンビだけに限定できない理由です。
【2026年現在】石神深一は柄崎将寿厩舎の調教助手として活動
騎手から調教助手へ
2026年8月5日の競馬専門メディアの取材では、石神氏が美浦・柄崎将寿厩舎の調教助手として働いていることが紹介されました。
2026年11月現在、石神深一は騎手としては現役を退いています。
引退後の進路は、JRAの公式発表時点では柄崎将寿厩舎の調教助手になる予定でした。その後、2026年8月5日のnetkeibaの密着取材によって、実際に新人調教助手として働いている姿が伝えられています。
調教助手としての仕事内容8月の取材記事によると、石神助手は柄崎将寿厩舎で「攻め専」の助手として活動しています。
日々の仕事内容には、次のようなものがあります。
- 調教開始の約1時間半前から業務を開始
- 馬体の状態や脚元のチェック
- 馬の歩様や異常の確認
- 調教師や厩務員との情報共有
- 調教での騎乗と馬の状態管理
- 競走馬の登録や入退厩に関する事務
- 週末のレースに向けた出馬投票などの業務
騎手時代は、レース中に馬の状態を感じ取り、瞬時に判断することが仕事の中心でした。
一方、調教助手になると、レースに向けた準備段階から馬を観察し、コンディションを整える役割が大きくなります。
石神助手自身も、これまで知らなかったことが多く、ベテランの厩務員や装蹄師、獣医師との関わりから学んでいると話しています。
柄崎将寿調教師との新しい挑戦柄崎将寿調教師と石神助手の関係は、一般的な調教師と厩舎スタッフという枠を超えています。
2人は幼稚園時代からの幼なじみで、小学生のころから一緒に美浦の乗馬苑に通い、競馬学校でも同期でした。
2026年8月の取材では、石神助手が新しい目標として、柄崎調教師と一緒にJRA賞の場に立つことを挙げています。
騎手としてタイトルを獲得する立場から、今度は調教師を支え、馬を育てる立場へと役割を変えたのです。
オジュウチョウサンから学んだ馬づくり石神助手が新しい仕事で生かしているのが、オジュウチョウサンと長年向き合ってきた経験です。
8月の取材では、馬ごとに調教のさじ加減を変えることや、厩舎スタッフの意見をよく聞く姿勢について語っています。
また、本人は馬を育てること自体が好きだと明かしています。
騎手時代に培った感覚を生かしながら、他の人が乗ったときにも扱いやすい馬を育てたいという考えです。
この転身は、競馬の現場から離れる選択ではありません。むしろ、騎乗する側から育成・調整する側へと、競走馬との関わり方を広げたものといえます。
【騎手成績の真相】JRA通算4101戦218勝の実績を検証
石神深一の騎手成績を調べる際に注意したいのが、公式発表の数字と最終騎乗後の数字が異なることです。
これは集計時点が違うためです。
引退時の最終成績2026年4月5日時点のJRA公式発表では、通算4,096戦218勝でした。
その後、4月26日の京都競馬場での最終騎乗までに5回騎乗し、最終的な通算成績は次のように報道されています。
| 項目 | 最終成績 |
|---|---|
| JRA通算騎乗数 | 4,101戦 |
| JRA通算勝利数 | 218勝 |
| 障害競走騎乗数 | 1,395戦 |
| 障害競走勝利数 | 140勝 |
| JRA重賞勝利数 | 26勝 |
| J・GⅠ勝利数 | 11勝 |
JRA公式の2026年4月5日時点の累計成績を見ると、石神騎手が障害競走で特に高い勝率を残していたことが分かります。
| 競走区分 | 騎乗数 | 勝利数 | 勝率 |
|---|---|---|---|
| 平地 | 2,706戦 | 78勝 | 2.9% |
| 障害 | 1,390戦 | 140勝 | 10.1% |
| 合計 | 4,096戦 | 218勝 | 5.3% |
障害競走の勝率は平地競走の約3.5倍です。
この数字は、石神騎手が障害競走を得意としていたことを端的に示しています。
また、障害競走では2着140回、3着125回を記録しており、勝利だけでなく安定して上位争いに加わっていたことも分かります。
最終騎乗は2026年4月26日の京都4R石神騎手の最後の騎乗は、2026年4月26日の京都競馬場4R、障害未勝利戦でした。
騎乗馬はフジフォンテ。1番人気に支持されましたが、結果は7着でした。
レース後には武豊騎手、横山典弘騎手らから花束が贈られ、騎手仲間から祝福を受けました。
最後の騎乗を終えた石神騎手は、障害競走がさらに注目されることへの期待も語っています。
また、自身も競馬場のトレーニングセンターに残り、障害競馬の発展にできる限り協力していきたいという意向を示しました。
【プロの結論】石神深一の引退が障害競馬に残したもの
石神深一の競技人生を振り返ると、その功績は3つの観点から評価できます。
第一に、オジュウチョウサンとの歴史的なコンビです。
中山グランドジャンプ5連覇、J・GⅠ9勝という記録は、馬の能力だけではなく、長期間にわたってコンビを維持し、レースで能力を引き出してきた騎手の技術も示しています。
第二に、障害競馬全体への貢献です。
J・GⅠ11勝、重賞26勝、JRA障害重賞完全制覇という実績は、特定の馬に限定されない総合力の証明です。
第三に、競馬界に残る新しい役割を選んだことです。
騎手として培った馬の状態を読む感覚や障害競走の経験は、調教助手としても生かせる可能性があります。
とりわけ、障害競走では馬の飛越への適性や身体の状態を細かく把握する必要があります。長年トップレベルで障害馬に騎乗してきた経験は、調教現場においても貴重な知識となるはずです。
今後の注目点は、柄崎将寿厩舎でどのような競走馬を育て、どのような結果につなげていくかです。
騎手としての記録はすでに完成しましたが、競馬人としての挑戦は続いています。
石神深一に関するよくある質問(FAQ)
Q1:石神深一はいつ騎手を引退しましたか?
2026年4月30日付で騎手免許が取り消され、現役を引退しました。最後の騎乗は4月26日の京都4Rで、フジフォンテに騎乗して7着でした。
Q2:石神深一の引退理由は何ですか?
2025年夏以降に勝利から遠ざかり、騎乗内容にも納得できなくなったことが主な理由です。本人は騎手としての情熱が以前より薄れてきたことも明かしています。
Q3:石神深一は現在何をしていますか?
2026年5月以降、美浦・柄崎将寿厩舎の調教助手として働いています。2026年8月の取材では、馬体チェックや調教、厩舎業務などに取り組む姿が紹介されました。
Q4:オジュウチョウサンとのGⅠ勝利数は何勝ですか?
石神騎手とオジュウチョウサンのコンビでは、J・GⅠを9勝しています。中山グランドジャンプ5連覇をはじめ、中山大障害でも勝利しました。
Q5:石神深一のJRA通算成績は何勝ですか?
最終騎乗後の報道によると、JRA通算4,101戦218勝です。障害競走では1,395戦140勝を記録しています。
Q6:石神深一は障害重賞完全制覇を達成していますか?
はい。2022年8月27日、アサクサゲンキで小倉サマージャンプを制し、JRA障害重賞完全制覇を達成しました。障害重賞の全開催場制覇も記録しています。
石神深一は、2026年4月30日付で25年間の騎手生活に幕を下ろしました。
オジュウチョウサンとの中山グランドジャンプ5連覇、J・GⅠ通算11勝、障害重賞完全制覇など、障害競馬の歴史に残る記録を築いた騎手です。
引退理由は、騎乗成績の低下だけではありません。本人が語った騎手としての情熱の変化と、自分自身の騎乗への厳しい評価が決断につながりました。
2026年11月現在は、幼なじみの柄崎将寿調教師が率いる厩舎で調教助手として活動しています。
ステッキを置いても、馬と向き合う仕事は終わっていません。
障害競馬を知り尽くした石神深一が、これからはどのような馬を育て、競馬界に新しい実績を残していくのか。騎手時代とは異なる立場からの活躍にも期待が集まります。